白銀の王妃 4

「え?」
 友人というような仲の人間はザックくらいしか思いつかない。かつての学友だとしても、それがウィルベルトと接触する機会は皆無だろう。心当たりがなく、フレイムは眉を寄せた。
 ウィルベルトが続ける。
「飛竜という――」
「違います!」
 思わず叫んで、フレイムは立ち上がった。ローテーブルの端で膝を打ったがそれどころではなかった。
 ウィルベルトはもちろん、アーネストもザークフォードも唖然としている。この家でフレイムが声を荒げたのは初めてのことだ。グィンも驚いた顔をしている。彼女は飛竜と会ったことがない。
 周りの視線に気づいてから、フレイムはあわあわと手を振った。
「あ、す、すみません。その、彼は、もともと敵なんです。ガルバラで会った賞金稼ぎで……。友達ってわけではありません」
 次第に語気を弱くしながら、フレイムは最後にうつむいてソファに腰を下ろした。
「ああ、そうなんだ。どおりで胡散臭いと……」
 何か納得した様子でウィルベルトが溜息をついた。肘掛に両腕をついて手を組む。
「いや、良かったよ。友人は選んだ方がいいと忠告しようかと思っていたんだ」
 フレイムは頬を引き攣らせた。赤眼の男が口にした言葉がまるで走馬灯のように脳裏を駆ける。
「……何か、変なことを言われましたか」
「……いや」
 否定するも、青い双眸は視線を逸らす。その仕草だけでフレイムは絶望できた。友人だと勘違いされていたのかと思うと、頭を抱えたくなる。
 アーネストが二人のやり取りに薄く笑った。
「それで、その人物が協力すると言ったんですって?」
 フレイムがぎょっとして、アーネストとウィルベルトを見比べる。ウィルベルトは肩をすくめた。
「彼には『友人だから協力したい。マクスウェルに行くつもりなら橋渡しをしてくれ』と頼まれたんだ。ただ、本当にフレイム君の友人だという証拠はなかったし、私がマクスウェルに受け入れられるかも分からなかったからね。返事は保留にしてある」
 ――『飛竜が協力すると言っている』、それはネフェイルからも聞いていたことだった。
 だが、フレイムは彼と連絡を取ることが出来なかった。方法がなかったわけではない。ただ、彼を仲間に入れるだけの心の余裕がなかったのだ。
 確かに飛竜には何度か助けられた過去がある。しかし、雨の中で見た彼の冷たい双眸を思い出し、フレイムは胸に重い不安を覚えた。片手でもう一方の手を握る。
(協力なんて出来るんだろうか)
 そもそも飛竜自身が人と協調するような男には見えない。飄々とした気まぐれな行動。彼は何を考えて、協力すると言ってきたのだろうか。
 ザークフォードが口を挟む。
「魔術師か? 剣士か?」
「魔術師です」
 ウィルベルトが答えて、さらに補足する。
「賞金稼ぎという話ですが、イルタシアでの申請はないようです」
 賞金首を捕らえ、国に引き渡した者は記録が残る。ザークフォードはうむと呟き、軽く溜息を零した。
「しかし、これ以上の戦力は必要なのか。あまり多いと目を引く」
 それもそうだ。吟味するように頷くフレイムの横で、グィンも質問をする。
「強いの?」
 単純だが、基本的な情報だ。
「あー……」
 フレイムは苦い声を出し、らしくもなく眉根を寄せた。
「ものすっごく強いのは確か。結界系の術は作るのも壊すのも得意そうだったよ」
 神腕で作った結界も彼にはあっさりと破られてしまった。呪文の詠唱もなく高度な技をそつなくこなす。イルタシアの人間ではないから、魔術師免許は持たないだろうが、実力だけならば上級術者として十分に通じるはずだ。
 ウィルベルトが口元に手を当てて思案する姿勢のまま口を開く。
「あれは神眼なのだろうか」
 フレイムは肩を強張らせた。それは疑いつつも、確信が持てずにいたことだ。
「まさか、神器の持ち主なんですか」
 アーネストが信じられないと言いたげな声で問う。現在、この王都には二人の神器の持ち主がいる。三人も揃うなどどれほどの確率だろうか。ウィルベルトはフレイムを見やりながら答える。
「私はそうじゃないかと思うが、いかんせん魔術は専門外だから……」
 そのまま目線で「君はどう思う?」と問われ、フレイムは眉を下げた。
「俺はなんとも言えません。自分以外の神器の持ち主をそうとして見たことはないので……」
 だが、飛竜が力を使うたびに、何か違うと感じていた。それともやはり神器なのか、違和感があるのは単純に媒介が異なるからだろうか。
 この場では解決できないと思ったのか、アーネストは息をつく。
「神器の持ち主となれば話は別です。共闘するかは検討が必要ですが、その真偽と実力のほどは確認したいですね。彼の人となりも含めて」
 ザークフォードも頷いて同意を示す。
「その人物とはどうやって連絡を取るのだ?」
 問うと、ウィルベルトは即答した。
「呼べば来ると言っていました」
 四人は沈黙する。はじめに口を開いたのはアーネストだった。片手を挙げながら問う。
「それはあなたが周りにバレぬよう外に出て、彼を呼んでくるという意味ですか」
「いや」
 ウィルベルトは首を横に振る。
「名前を呼べばどこにでも来ると言っていた」
 フレイムは嫌な予感がした。彼は神出鬼没の魔術士だ。言葉の意味を理解したのか、アーネストが青ざめる。
「いや、いやいやいや、ちょっと待ってください。この館は一応、私の結界が張ってあ――」
「はあい、呼んだー?」
 アーネストの言葉を割って、明るく軽やかな声が響いた。同時にフレイム達の正面の窓が開け放たれる。
「うわああああ!」
 フレイムは悲鳴を上げて、アーネストに抱きついた。つられてグィンもくっついてくる。このとき、混乱したフレイムはアーネストをザック同様に扱ったが、彼自身もそれどころではなかった。視線は侵入者に向けたまま、身体は硬直している。
 白っぽい茶色の髪を風になびかせて、赤眼の男が窓に立っている。すらりとしたシルエット。月を背負ったその姿は場合によっては神々しくも見えたかもしれない。
 また、飛竜はいつもの異国の衣装ではなかった。イルタシア人がよく着るシャツとズボン、そして靴を履いた格好だ。
「飛竜君……!」
 真っ先に動いたのはウィルベルトだった。立ち上がると、躊躇もなく侵入者に歩み寄る。次いでザークフォードが立ち上がったが、彼は一歩踏み出しただけでそれ以上は動かなかった。
「呼んだというか、まだ呼んでないんだけど」
 困惑した顔でウィルベルトは窓の桟に立つ男を見上げる。飛竜はそのまま腰を下ろし、側まで来た男に目線を合わせた。嬉しそうに笑う。
「先生に早く会いたくて来ちゃった」
(……『先生』?)
 やけに親しげな飛竜の対応に、フレイムは訝しげに眉を寄せた。ウィルベルトは頭を抱える。
「いや、そういうことを言ってるんじゃなくてね」
 そして、ため息をつくと、アーネストを振り返った。
「まあ、こういう人となりなんだけど」
 話を振られて、アーネストはやっと我に返った。しがみ付いているフレイムの手をほどきながら、頬を引きつらせて笑う。
「面白い人ですね」
 怒気のこもった声だった。