白銀の王妃 3

 案内された先は昨日と同じ部屋だった。火の入っていない暖炉の前でウィルベルトとザークフォードが話をしている。
「イルフォードはお前がここにいることを知っているのか?」
「伝えてはいませんが、彼は聡いから」
 イルフォード・ヴァンドリーは金獅子の団長だ。その名前はあらかじめアーネストから聞いている。フレイムが二人の傍に進もうとすると、アーネストが片手で遮った。見上げると、彼は様子を覗うように二人を見つめている。
 ザークフォードはこちらを一瞥したが、何も言ってこなかった。ウィルベルトは視線を卓上に向けたまま、ぽつりと呟く。
「……さすがに、愛想が尽きる頃でしょうか」
 ザークフォードが顔をしかめた。
「馬鹿を言え。イルフォードがお前を見捨てるものか」
「けれど、彼は取捨選択ができる」
 表情を変えないまま単調に喋る後輩を見て、ザークフォードは肩をすくめる。
「そうだ、イルフォードは取捨選択ができる。――考え得る最良のだ」
 だから大丈夫だと言外に含んだ声に、ウィルベルトは微苦笑を浮かべる。相手の言葉を受け止めたのか、受け流したのか、フレイムには分からなかった。
 ザークフォードは立ち上がって、フレイムとアーネストの方を向いた。
「こんばんは、フレイム君」
 こちらに挨拶してきたのは、アーネストとはすでにすませているからだろう。フレイムは歩を進めて二人に近づいた。
「こんばんは。すみません、二日も続けて来て頂いて」
「それ、私が言っておいたから」
「私も言った」
 謝るフレイムにアーネストとウィルベルトが続く。ザークフォードは苦笑した。
「よしてくれ。ここで外される方がかえって辛い」
 笑いながらそう応えて、あとからきた二人に席を示す。今夜はザークフォードの隣にウィルベルト、向かいにフレイム、グィン、アーネストが座った。フレイムはウィルベルトが腰掛けるソファに、アレスが立てかけられていることも確認した。
「フレイム君、はじめに確認しておきたいのだが」
 と、一番最初に口を開いたのはアーネストだった。
「君、ザックの封印については知っている?」
「え……?」
 首を傾げる様子を受けて、アーネストがウィルベルトとザークフォードを見やる。ザークフォードが頷いた。
「フレイム君」
 アーネストが続ける。ウィルベルトが視線を下向かせるのを横目に見て、フレイムはアーネストの方を向いた。
「ザックは神器を持っているんだ。母親から受け継いだものだ」
 アーネストが何を言っているのか判らなかった。フレイムはじっと翠色の、ザックの母親のものと同じ色であろう双眸を見つめる。
 ――神器?
 万の軍に匹敵すると言われる、無限の魔力を引き出す媒体。野望を持つ者なら一度は興味を持つ希少の存在である。
「それは《神臓》と呼ばれる。血液を媒体とする神器だ。マクスウェル家に稀に生まれるということは、イルタシアの上流貴族ならば大概の者は知っている」
 フレイムはさっと青褪めた。
 はじめに脳裏を過ぎったのは黒ずくめの男だった。嵐の夜を思わせる暗い双眸。
「そんな……」
 呆然と呟くその横でグィンが眉を寄せた。非難じみた声を上げる。
「みんな、知ってたの? ウィルベルトも?」
 その言葉を聞いて、フレイムは赤い髪の男を見た。彼はこちらを見ていた。
「私は十年前に」
 短く答えて、首を振る。
「世間にザックが神器持ちだと知れてわけではない。貴族の間でもマリー・マクスウェルの息子とザックが結びついていない。火急の対策が求められるわけではないのだ、彼の神器に関しては」
 まるで大したことではないような静かな声に、フレイムは眩暈さえ覚えた。心臓がぎゅっと強張るのを自覚する。
「……はい」
 掠れた声で応えて、唇を噛んだ。膝の上で手を握り締める。グィンが肩の上でそっと寄り添ってきた。
 ウィルベルトの言うことは分かる。ザックが神器を持っているからと言って、フレイムの彼を助けたいという意志が変わるわけではない。ならば、気にするべきことは神器ではなく、救出のための計画や行動だ。
 だが、衝撃の事実を受ける暇(いとま)もないことに、気持ちが沈む。
(神器を持たない人には分からない……)
 胸中で呟いて、はっと息を呑む。
 顔を上げるとウィルベルトは変わらずこちらを見ていた。
(俺は、何を……俺だって、そうでない人の気持ちが分かるわけじゃないのに)
 フレイムは首を振り、ぐっと息を吸って、前を向いた。自己嫌悪に浸っている場合でもないのだ。
「あの、じゃあ、今後の行動に影響はないと思ってもいいんでしょうか」
「いや……」
 重い調子でウィルベルトは答えた。言いづらそうに唇を歪める。
「ザックは魔法剣を扱っていた」
 ザークフォードが溜息をついた。
「アーステイルか」
 アーネストは難しい顔で頷いた。魔法剣を使うということは、すでに封印が解けていることを示すのだ。アレスに視線を向けながら口を開く。
「魔法剣は厄介ですが、正規の訓練を積んだわけではないですから、個人的な感想でいえば一対多数を得意とするアレスよりはマシだと言うところですよ」
「うまく使えば多にも応用できるはずだけどね。ザックでは、いや、初心者では無理だろう。単純な威力としても本来のものは引き出せないはずだ」
 ウィルベルトはそう応じてから、再びフレイムを見た。
「君なら止められるはずだ」
 首から下げ、服の下に隠れている青い石をフレイムは握り締めた。託されているのは自分だ。
「やります」
 その返事にザークフォードが少し意外そうな顔をする。しかし、すぐににやりと笑った。
「随分と気合が入っているようだな」
 フレイムは目を瞬いて、少しうつむいた。頬が熱くなっているのを自覚する。
 少年の様子に微笑を浮かべながら、アーネストが「ところで」と口を切った。
「場が和んだところですが、ウィルベルト様、本題に入る前に何か話があるそうですが?」
 彼はおおよその内容は聞いているのだろう。フレイム達にも分かるように告げられたその問いにウィルベルトが頷いた。フレイムを見やる。
「街でフレイム君の友人だと名乗る人物に会ったよ」