一条の銀の光 11

「フレイムー!!」
 グィンは声を張り上げて主人の名を呼んだ。
 迫ってくる私兵団の手をかわしながら、フレイムの気配を辿る。
 主人の気配を見分ける事は精霊にとって造作も無い事ではあるが、グィンは探り当てたフレイムの気配が信じられなかった。
 波長が狂っている。
 感情の乱れ。
 間違いなくフレイムは、今、己を見失うほど興奮しているのだ。
 ――何に?
「フレイム!」
 階段を上がり、見出した扉。その中にフレイムはいる。
 だが扉に手をかけようとして、グィンはぴたりと止まった。
「フレイム……?」
 開けなくても分かる。この扉の向こうでは、膨大な魔力が放出されている。
 ドアノブから伝わるぴりぴりとした空気。扉にはまるで象か何かがのしかかっているような圧迫感がある。
 グィンはぐっと息を吸い込むと、渾身の力で扉を押した。
「く……うッ」
 人間の扉はグィンには重かったがそれでも、なんとか自分が通れるくらいの隙間を作ることはできた。
「……うわッ!!」
 吹きつける魔力にグィンは顔を覆った。
 暴風のような魔力の波動である。
 ――神通力。神界から直接吹き荒れる神の力は、その姿が目に見えるほどであった。
 極彩色。目も眩むような光の変化。まるで燃えあがる虹である。それこそ神の具現であると一目で分かる激しい美しさ。
 しかし、その中心に立つ少年には表情がない。全てを見失い、ただ荒ぶる力に身を任せるだけの器だ。
「フレイム!!」
 グィンは主人のもとに飛び込んだ。
 しかし、フレイムの体に触れる前に厚い魔力の壁に弾かれ、小さな精霊は風に舞う木の葉のように宙へと投げ出された。
 その身体をひとつの手が捕らえる。
 体が安定を得て、グィンは恐る恐る目を開いた。
「バカだなあ。あんなのに突っ込んでいくなんて」
 呆れかえった声。金髪の青年がこちらを見下ろしている。
「……えっと」
「セルク」
 思い出せず自分を指差す精霊に、セルクはため息混じりに名を告げた。
「あれを止めるなんて無理だね」
 セルクは目線だけでフレイムを指した。
「完璧にキレちゃってる。原因は不明だが……。とにかく同じ神通力をぶつけでもしない限り、『フレイム』を取り戻す事は不可能だ」
「……そんな……」
 グィンは縋るような目で金髪の魔術師を見上げた。
 神通力を扱える者など、世界に数えるほどしかいないのだ。そんな人間がこの場に現われる確率は皆無に等しい。
「そんなの……」
 グィンは込み上げる涙をこらえた。
 このまま魔力を放出しつづければ、待っているのは「死」である。
「そんなの嫌だ!」
「おい!!」
 制止するセルクを振り払い、グィンは再びフレイムのもとへ向かった。
 しかし、やはり魔力の壁は厚く、フレイムに指一本触れる事すらかなわない。
 グィンは魔力の壁に縋りつきながら、悲鳴のような声でフレイムを呼んだ。
「フレイム! フレイム!!」
 壁を打ち叩き、荒れる魔力に肌を傷付けられながらも、ひたすら叫んだ。
 セルクはその様子を半ば呆然と見守った。
「フレイム!! 目を覚ましてよ、フレイム!!」
 ぼんやりとどこかを眺めるだけのガラス玉の瞳。
 ただ、愛しい人を失う喪失感だけが彼の身を侵していた。
「フレイム!!」
(守るって決めたのに。傍にいるって決めたのに)
 溢れる涙が頬を汚す。
「フレイムー!!」
 やがてセルクは口を引き結ぶと、ゆっくりと立ち上がった。
 暴走する魔力に眉を寄せながらも、緑の精に近づく。
「やめろ。……君、死ぬよ?」
 抑え気味だが、しかしはっきりと忠告の意をこめてセルクはグィンに話しかけた。
 その言葉に、グィンが眉を吊り上げて振り返る。
「そんなの構わない! フレイムが助かればいいんだから!!」
「……な」
 セルクが思わず口を閉ざす。
 精霊が主人に絶対の忠誠を誓うことは知っていたが、ここまでとは思いもしていなかった。
「なんでだよ? このままじゃどっちも死ぬじゃないか。……一人だけでも、助かった方がいいじゃないか」
「あんたには分からない! 僕にとってフレイムだけがこの世界の中心なんだ。フレイムがいないなら、どうせ僕は死ぬんだ!」
 グィンの叫びが、セルクの中で雷のように鳴り響いた。