金の流れ星 6

 広葉樹の繁るうっそうとした森の入り口で兵のひとりが言った。
「少年が移動しています。東の方向に……、走っているようです」
 兵は森の地図の上で手のひらを滑らしながら言った。手のひらの下には、列を成して円を描く光の文字が浮いている。結界は彼の魔術によって張られたものであった。
「よし、五人ずつ北と南からまわりこめ。俺は南のほうにつく。余った奴らは森の東の出口に馬で待機しておけ。」
 大男は東のほうを指差しながら、兵たちに指示を出す。横に控えていた兵から、自らの大剣を受け取ると、兵を連れて森に入っていった。
 金髪の魔術師はその頭上、周りの木々よりも高い宙に浮いていた。まるでそこに透明な板でもあるかのように、セルクは真っ直ぐ立っている。
「ガンズは気づいているのかな。招かれざる客がいるよ」
 そう独り言を言うと、ある兵の足元の影を凝視した。そうするとセルクの目には影が兵とは違う格好をしているのが見える。髪の長い女性のようだった。
「誰かの使い魔……かな」

 ザックが闇音に聞いたのはそういう事だった。
「闇音、そこまで案内しろ」
「しかし、今から間に合いますか」
 闇音は静かに言った。ザックは歯噛みして窓から外を見た。ふと、ある物に目をとめた。
「いや、間に合うさ。間に合わせてみせる」

 空には満月となった双子月が輝いており、明るい夜となっていた。しかし結界を張られた森の中は、夜の闇とは違う漆黒が霧のように漂い、どんよりとしている。
 右だ。追え――そんな兵たちの声が時々、風に乗って聞こえてくる。風は北から吹いていた。まだ十分距離はある。フレイムは走る方向を少し南のほうへ修正した。
 走るのに邪魔な枝を掻き分けた途端。
「そこまでだ! とまれ!」
 太い声が響き、フレイムは足を止めた。息を切らしながら、自分の置かれた状況に愕然とする。
 六人の男たちが前方に立ちふさがっていた。森に迷った旅の御一行と見るには余りにも屈強な肉体の持ち主ばかりである。
 剣を背負った、頭一つ他より高い男が話しかけてくる。彼がリーダーであるようだった。
「お前も頭が切れるようだが、今夜は俺の勝ちのようだな」
 満足気に見下ろす男をフレイムはきつく口を結んで見上げた。細いあごを伝った汗がぽつりと落ちる。
(やられた……北の兵達は囮だったんだ)
 結界を抜けることに頭を取られ、敵の数を把握しなかった自分に歯噛みをする。フレイムは一歩あとずさった。ガンズが一歩前に出る。
「ふふん、実物を見るのは初めてだが……。これはまた、ずいぶんと軟弱そうな子どもだな」
 親指と人差し指であごを撫で、値踏みでもするかのように、立ちすくむ少年を上から下に眺めた。
 後ろからも足音が響いているのをフレイムは耳にした。グィンは少年の頭に体を寄せていた。このまま立ち尽くしていても前後を囲まれてしまう。
(……どうする? グィンの魔術じゃこんなにたくさん相手に出来ない。……何かあいつらの気を引くものがあれば……)
 色の淡い瞳を左右に動かし、この包囲網を抜ける算段を練る。
 ガンズはにっと笑って、背の剣をすらりと抜いた。
「まだ、あきらめる気配はないようだが? 先制攻撃はないのか?」
 フレイムはじりじりと後ろに足を引く。
「魔術が使えるんじゃないのか? 二年前は村を一つ燃やしちまったんだろう」
 ガンズに詰られてフレイムは青ざめた。
 カタカタと右手が震える。口を引き結び、左手で右手首を握り締めた。
 戦う意志のないフレイムに、ガンズはつまらなそうに剣を持ち上げる。彼の剣はひゅっと空を切りグィンの顔の前でぴたりと止まった。
「うわあっ」
 グィンは悲鳴を上げてフレイムの頭にすがりついた。フレイムは顔の真横を掠めた切っ先に目を見開いた。
「そいつを切れば、少しは頭に血が上るかな」
 挑発をこめて吐き捨てる。
 フレイムはその言葉に対して、冷ややかな怒りが嫌悪を纏って心に宿るのを覚えた。
 心の奥に底流する深い憎悪。過去の記憶が彼の感情を冷たく侵す。ガンズがこちらに向けた白い刃が、少年の目には黒く冷たい金属の塊に映った。
 くぐもった闇に静かに見据えるガラス玉の双眸。
 ガンズはにやりと唇を歪めた。伸ばしていた腕を戻し、剣をすっと構える。傲慢な態度とは裏腹に、その構えにはあくまで丁寧で、一部の隙もない。
 頭上の木の陰にはセルクがいた。
(ガンズはどうあっても闘いたいみたいだね。面白くなりそうだ)
 フレイムとガンズは息を潜め、お互いの動きにだけ集中する。グィンもあとの兵たち 全員も息を呑み総毛立つ思いで二人を見守った。
 双方の間の空気がぴりぴりと張り詰める。近くの木の枝がふるりと震えた瞬間。
「どけえ!」
 緊迫した空気を切り裂き、怒鳴り声が響いた。