金の流れ星 5

「間違いなかったのだな」
 薄暗い高級宿泊施設の一室。絹の服を着た男が、ランプの黄色い炎を見つめながらそう言った。壮年でやや中背の男だ。その瞳は倣岸で濁った光を湛えている。
 向かいに座っている男は半袖だが丈夫そうな服を着ている。剥き出しの太い腕は筋肉質で、上着の下には厚い胸板が見て取れる。その男は胸ポケットから一枚の写真を取り出した。果物屋に立っている青年と少年が撮られている。
 写真を机に置くとコツンと指で示した。
「ええ、女どもが何を見ているのかと思ったら……。運がよかったです。あのガキはなかなか人の多い所には出てきませんから」
 丁寧な語尾を選んでいるが、生来の言葉の悪さは隠せない。屈強な体を持つその男は、明らかに一般人とは異なる空気を持っていた。
「ふむ……」
 絹衣の男は写真を手に取るとしげしげと眺めた。赤い実を手に持つ青年を見て言った。
「色男に感謝だな」
 そして少年が写っている部分にいとおしそうに指を滑らせた。
「……これが十億フェルもの価値を持つ少年」
 大男は苦笑とも嘲笑とも取れる笑いをしたが、相手は気がつかなかった。大男は体に小さい椅子でやや不自由に上半身をかがめた。写真に見惚れる男に視線を合わせ、にやりと歪めた口を開く。
「狩りはいつ行いますか?」
 尋ねられた男は手にしていた写真を自分のポケットへしまった。
「早いほうがよかろう。明日の早朝にでも……」
「今からだって構いませんよ」
 そう言う男の目は念願の獲物を狩ることに高揚している。雇い主である絹衣の男は机の上で手を組むと言った。
「殺すなよ」
 大男がにっと笑って立ちあがる。
「明日にはリボンをつけてお渡ししますぜ」

「ガンズ隊長」
 ホテルのロビーを大股で横切り玄関を出てきた金髪の大男に、若い男が話しかけてきた。腰に剣を帯び、険しい顔つきをしていて、彼もまた一般人でない事は一目瞭然だった。
「少年の後をつけた者の報告によれば、少年はデル山脈カルセン山の麓(ふもと)の森に休んでいるとの事です」
 ガンズは、フレイム・ゲヘナを捕獲するために先刻の貴族が集めた集団の隊長であった。報告に満足そうにうなずく。
「報告に戻ってきた奴には飯を食わせてやれ。俺達はこれから狩りに出る」
「はっ」
 若い男は一礼すると、ホテルの裏の広場を借りて待機している隊の元へ戻って行った。その後ろ姿を見送るガンズに壁の陰から別の男が話しかけてきた。
「興奮しているね。賞金稼ぎの腕が鳴るのかい?」
 ガンズは煩わしそうに振り返る。
「セルクか……」
 セルクと呼ばれた男はまだ若く、優美な顔立ちをしていた。短い金の髪が街の光に輝いている。白い長衣を緑の帯で留め、白いズボンをはき、肩からは紫のチャドルをかけていた。異国の出身である彼は魔術を扱うことが出来た。
「そんな顔をしないでよ。僕だってこの場にいる限りはあなたの部下だよ」
 仏頂面の隊長に向かって、セルクはにっこり笑った。花のような笑みに対して、ガンズはふんと鼻を鳴らしただけだった。
「どうせ、手柄を自分だけのものにする策でも巡らせているんだろう。お前は信用ならないからな」
 セルクの唇は相変わらず優美に弧を描いていたが緑の双眸は笑っていない。
「僕は金などには興味がないんだ。知りたいのさ。例えば、何故あの少年が生け捕りでなければいけないのか……とかさ」
 確かに賞金額が億単位の者――A級以上の賞金首はたいがい「生死問わず」である。そのことにはガンズも多少なりとも疑問を持っていた。しかし彼にとってそれは更に狩りの難易度を上げ、攻略する楽しみを増やしただけのものに過ぎなかった。
「ふん、俺は金に興味がある一般人なんでな」
 大男はそう吐き捨てると大股で隊のほうへ去っていった。セルクは手を振って見送った。
「ふふ、本音は金よりも闘いを選ぶくせに。……僕は決してあなたのこと嫌いなわけではないのだけれどね。闘いが大好きな剣士さん」

「森が静か過ぎる……」
 寝る準備をしていたフレイムが頭上を仰いだ。グィンも暗い森を見渡す。
「ほんとだ……。ヨグイスの声もヤミロギの声もしない。木も黙り込んじゃってる」
 フレイムは目を鋭くした。緊張が走る。
「結界を張られた。グィン、火を消して。俺達だけの光を」
 グィンは大急ぎで焚き火の火を消すと、光の呪文を唱えた。不思議な韻を踏んだその呪文はグィンら緑の精が扱う魔術で、母なる大地の女神の加護を受けるものだあった。
 二人の目にしか映らない光がともった。それは焚き火の光とは質が異なり、やや薄暗く、遮光板をとおした日の光に似ていた。
 フレイムはその光を頼りに急いで荷物をまとめ、背中に背負った。
「走るよ」
 足は泥のように重かったが、誰が張ったとも分からない結界を抜けるにはそれしかなかった。迷っている場合ではない。靴の紐をきつく縛りなおすと走り出した。グィンはその横を飛んだ。