赤き魔女の封印 21

 ウィルベルトの書斎には二人の精霊が来ていた。
 明日の復帰準備をしていたところ、同時に飛び込んできたのだ。
「ウィル! どこかの弾けたバカが最上魔術を使ったぜ!」
「ウィル! 大変、お城で強い魔術が使われたみたい!」

 今はソファに腰掛けているアレスとサラ、どちらもウィルベルトの精霊ではあるが、どうも気のあう仲ではないらしい。何かあると、いつも我先にと、しかし同時に押しかけてくる。
 アレスは上級精霊、サラは中級精霊だが、級に区別なく、主人に気に入られたいという気持ちは隠せないようだ。
「それで詳しくは?」
 ウィルベルトは机に体重を預け、立ったまま二人に問う。
 サラはぐっと手を握り締め、アレスが溜息をこぼした。
「グルゼ島の封印」
 その言葉にウィルベルトの顔色が変わる。それを見ながら、アレスは続けた。
「感じた魔力の波動は、そう、あの島で触れたものとよく似ていた」
 緑の島には魔力を封じられた子供がいた。
「なぜ、ここで?」
 青い海の記憶を視界の端に漂わせながら、ウィルベルトは静かに呟いた。
 雷光の眼差しで見上げながら、アレスが言う。
「分かっているのに聞くな。城で何かあったからだろう」
 ウィルベルトはかぶりを振る。
「確証もないのに、自分で不安を煽ってどうするんだ。『似て』いたと言ったのはお前だろう。それとも、間違いなく、あの封印と同じものだったのか?」
 アレスは視線を逸らし、腕組みをした。
「ほぼ間違いないと思うね、俺は」
 断言するその横で、サラが眉を下げる。気遣うように笑みを浮かべて首を傾げる。
「でも、魔力の波動が伝わったのは一瞬だったわ。もしかすると、違うかもしれない」
 ウィルベルトは天井を仰いだ。
 どうやらサラも間違いないと思っているようだ。
(確定だな)
 瞼を閉じる。
 赤き魔女の封印。それに触れたのはもう十年も前になるだろうか。
 剣と魔術とが支配するこの世界で、その両方の類稀なる才を受け継いだ子供。しかし、長閑(のどか)な島と封印がそれらをないものとしていた。
 ――なぜだ?
 若い自分はそう思いながら、子供に身を守るすべを教えた。
(……この事態ではその気持ちも分かる)
 魔女は王室からの追っ手を恐れていたのだ。
 見つかれば、ザックの中の神臓が利用されてしまう。そう考えたのだろう。
(だが、疑問もある)
 マリー・マクスウェルが消息を絶ったとき、王妃も王もまだ子供だったのだ。ウィルベルト自身も、マクスウェル令嬢の記憶は薄い。
 なぜ彼らを恐れる必要があったのだろうか。
(当時、エイルバートはまだ王ではなかった。魔女が恐れていたのは……王妃なのか?)
 銀色の神の華。パスティア・ユンセイ・イルタスはいつも美しい。
 マリー・マクスウェルを寵愛していたのは、その母親だ。関係があるとすれば、こちらかもしれないが、彼女はすでに病で他界している。
(いや、深く考えすぎだ。王だ、王妃だは関係ない。誰であれ、力を求める者にとって、神器の魅力は大きすぎる)
 ザックと一緒にいたあの子供、フレイム・ゲヘナも苦しんだのだろう。
 壊れそうな色をした双眸が印象的だった。
「アレス」
 ウィルベルトは姿勢を戻して、剣精を見つめた。
「明日から城での任務に戻る。金鷹の拘束結界の中で、ザックの気配を探れるか」
 アレスはにやりと笑った。立ち上がって腰に手を当てる。
「侮るなよ。チビには一度触ったことがある。楽勝だ」
 二人を見比べながら、サラが遠慮がちに口を開く。
「いいの? エイルバートを裏切ることにはならない?」
 アレスは首を振って、サラに顔を近づけた。
「気にしない、気にしない。エイルバートとこれは関係ないんだよ」
「そんな、がさつな……」
 思わず眉をひそめるサラに、ウィルベルトも肩をすくめるしかできない。
「しょうがない。今は他に出来ることもないしね。エイルバートには内緒だよ、サラ」
 そう言って、片目を閉じてみせる。
 お約束の合図だが、サラとて実際にはもう慣れたものである。
「本当に……しょうがないわね」
 溜息とともに吐き出して、サラも立ち上がった。
「何かあったら呼んでちょうだい。すぐにあなたの元に向かうわ」
「頼りにしているよ」
 そう言って、互いに頬への接吻を交わす。
「さあ、明日も早いし、もう寝よう」
 ウィルベルトが促し、スフォーツハッド家の明かりは順次落とされていった。

         *       *       *

 闇の中、ホワイトパレスからの魔力の波動を感じ取った者はもう一人いた。
 城下の宿で休んでいた飛竜である。
「封印が解けた……のか? さすがに、あれだけでは確信が持てないな」
 ベッドから抜け出し、窓辺に立つ。
「出入りのコツは掴んだとはいえ、拘束結界は存外にやっかいだな。上手く気配が読めん」
 城の明かりを遠くに見つめながら、一人でごちる。
(フレイムたちはそろそろ動くんだろうか。協力してやると言っておいたが、今のところ接触はないな)
 こちらを頼るつもりはないかもしれない。
(それでもちょっかいは出させてもらうぞ)
 飛竜は自分の手のひらを見つめた。握り締める。
 最初に見つけたのは自分だ。手に入れる権利がある。
「赤き魔女の遺産……。いや、ネフェイルは封印と呼んでいたな」
 欲しいのは力だ。
 何をも恐れない、振り返らない、ただ、それだけの力が欲しい。
 そして――
 そんな傲慢な自分を、真っ直ぐに見返したあの眼差しを失いたくない。
「あーあ、楽しまなきゃ」
 ぼやく。
「明日は何をして楽しもうかねえ」
 飛竜は窓の桟で頬杖をつき、純白の城を挑戦的に睨みつけた。