赤き魔女の封印 22

 青というよりも白に近い空を見上げながら、フレイムは眩しさに目を細めた。
 アーネストとグィンが魔術の波動を感じた夜の翌朝である。あてがわれている客室の窓から、フレイムはマクスウェル家の庭を見ていた。
 屋敷の正面からは見えない位置にある部屋をアーネストは用意してくれた。おかげでフレイムはさほど人目を気にせずに窓から顔を出すことが可能なのである。
(庭は広いから、窓からちょっと顔を出しても、マクスウェル家の人以外に見つかるとは思えないけど……)
 だが、来客もあるので用心に越したことはない。フレイム静かに窓を閉めた。
 窓の桟に体重を預けて、溜息をつく。
(手持ちぶさただな……)
 今日は王の御前に臣下が集い、一週間の報告を行う集会があるそうだ。そのため、アーネストはいつもより少し早く城へと出向いて行った。
 ザックも探してみる――そう言って。
 俺も行かせてください、とは、フレイムは言えなかった。今の段階で言えるはずもない。
 “手持ちぶさた”ではなく、“歯がゆい”のだと気づいたのは、二度目の溜息をついてからだった。

        *       *       *

 ホワイトパレスの大広間は、磨き上げられて黒光りする石の床に、白い絨毯が敷かれている。
(赤のほうが映えるだろうに)
 アーネストは常々そう思っていた。
 だが、そんな自分も白い色は好きだ。白はイルタシアの高貴色である。清く美しい色だという刷り込みもあるだろう。
(白い国……)
 顔を上げ、広間の奥にある壇上を見る。王はまだ来ていない。
 小さく息を吐き、違う方向を見やる。
 広間の両端を陣取る白い集団。右に金鷹、左に金獅子。整然性に欠けた貴族たちとは違い、王室直属の護衛団に列の乱れはない。
 だが、先ほどまではいつもと違い、金獅子の方は大きな輪になっていた。
 副団長であるウィルベルト・スフォーツハッドが復帰したのだ。
(規則違反で謹慎していた人間だというのに、人気者だな)
 味方にできないだろうかというフレイムの言葉を思い出し、アーネストは改めて首を振った。
 やがて、さざめいていた集団がしんと静まり返り、貴族たちもぴたりと決められた位置に立つ。赤い髪の垂れ下がる背中から、アーネストは視線を外した。
 剣を掲げ持つ少年に続き、国王と王妃が現れ、壇上に上がっていく。
(そして、白い王妃か)
 そっと控えめに王の背後に立つ王妃。華美な装飾を好まないのか、すっきりしたドレスを身に着けている。だが、美しい銀の髪が輝いて、彼女を華やかに見せた。
「皆、元気そうで何よりだ。いささか元気すぎる者もいるようだがな」
 王は金獅子副団長への意地悪を添えながら、気さくに挨拶をする。小さな笑いが起こり、アーネストもまた眉を下げた。
 当のウィルベルトは首を振っている。怒っているのか、恥ずかしがっているのか、さして親しくもないアーネストには分からない。
 王は続ける。
「来月はアルディアの豊穣祭だな。一週間ほど城を空けることになるが、皆頼むぞ」
 応えて、護衛団の両団長が一礼する。
 金鷹の団長が「恐れながら」と、口を開いた。
「随従の者についてご確認を頂いてよろしいでしょうか」
 この場で尋ねるのは、護衛団以外の貴族たちへ知らせるためでもある。
「うむ。金鷹の団長、金獅子の副団長を」
 王は淀みなく答える。国外任務を終えたばかりの金獅子副団長を連れて行くのは、名誉挽回の機会を与えるということだろう。イルタス六世は臣下に対してそういったチャンスを与えることが多かった。
「それからもう一人。急で申し訳ないが、妃の希望する者を加えたい」
 二人の団長がみじろぎする。どうやら知らされていなかったようだ。
 王が王妃を振り返る。王妃は頷き、背後を見やった。
 そのとき、アーネストは自分が愕然とするのを他人のように感じとった。
 見覚えのある黒い髪、背の高いシルエット。
 つい先日見た、疲れ気味ながらも明るさを取り戻していた双眸は、再び暗い淵へと沈んでいる。
(馬鹿な……どういうことだ)
 罪人である彼を王の従者になど出来るはずがない。
 ザック・オーシャンの登場に驚いたのはほんの数名だったようだ。貴族たちは彼を知らないし、知っているはずの護衛団の多くもまさかこの場にいるとは想像もしていないだろう。思い込みは視界と思考を曇らせる。
 王妃が微笑んだ。
「かつて、この国の誉れ高き剣士団に、黒の剣士と呼ばれる者がいたことを皆様ご存知でしょうか」
 天上の笑みと声で彼女は続ける。
「彼は素晴らしい剣才を持ちながらも城を去り、不名誉だけが残りました」
 一体王妃は何を言っているのだ。アーネストは眩暈さえ覚えた。
「ですが、彼は汚名を雪(そそ)ぐために、遺志を継ぐ者を残しました。私は彼の息子であるこの者を、王室の護衛団の一員として迎え入れたいと思います」
 甚だ不条理である。
 こんなことが認められるはずがない。
 金獅子の団長が声を上げる。
「大変恐れながら申し上げます。陛下のお望みであっても、試験もなしに新団員を受け入れることは出来かねます」
「ならば、試験を」
 こともなげに王妃は応える。
 団長であるイルフォードは逡巡してから頭を下げた。
「では、試験の用意をさせていただきます。ご了承置きください」
「ええ、問題ありません」
 それで終わりだった。
 それ以上、問いただそうとする者はいなかった。