金の流れ星 14

 二人のやりとりを見ていたグィンが口を挟む。
「フレイムと一緒に旅するって本気なの?」
 ザックがグィンを見下ろした。
「本気じゃ悪いか?」
 グィンは言葉が出ずに空気だけを呑みこんだ。そしてしどろもどろに言う。
「僕は嬉しいけど……。だってフレイムは僕だけじゃ見てられないんだ。ちょっと目を離すとすぐにいなくなっちゃうし……」
 グィンはつい最近の事を思い出しながら、傍らにあった石ころに腰掛けて続けた。
「もうちょっとしっかりした男の子だったら、いいんだけど。なんていうか、儚げって言うか、危なっかしいだろ。一人にしたら、どこかで傷ついて泣いてるんじゃないかって、いつも僕は心配させられるんだ」
 ザックはフレイムを肩越しにチラッと見やり、空を仰いで言った。
「まあ……、わからんでもないな。突つけば、崩れて消えちまいそうだもんな」
 闇音は本人が寝ているのをいいことに、なんて言い草だろうと思った。しかし彼のフレイムに対するイメージもそんなものだった。
「でもフレイムはなんて言うかな」
 グィンは膝をこすり合わせた。
「フレイムは『失うこと』をひどく恐れるんだ……。原因は……うん、わからないけど……」
 ザックはあごの下に手を添え、考えをめぐらせる。しばらくして、口を開いた。
「悩むよりは直接本人のリアクションを見たほうが早いぜ」
 フレイムの寝ている、自分の後方を親指で指す。二人の精霊はいまさらフレイムを起こすつもりなのだろうかと顔を見合わせる。
「俺達も、もう寝ようぜ」
 ザックはそう言うとあくびをひとつと、伸びをした。二人は呆れて脱力する。
「闇音はどうする? このまま一緒に寝るか? それとも影で…」
 今日、夜が明ける前にフレイムを襲った事件が闇音の脳裏を駆ける。
「一緒に寝ます。ただ、私がフレイム様の横です。あなたは少し離れて寝てください」
「は? なんだよ。なんでだよ」
 闇音の不平な指示にザックが火の傍から立ち上がりながら声を上げた。
「寝相の悪いあなたがフレイム様に迷惑をかけては困りますから」
 冷ややかな視線を送り、闇音はゆっくりと立ち上がった。
「む……」
 押し黙った主人を尻目に、闇音はグィンにフレイムの鞄から毛布を出してもらった。
「ああ、私が外で寝ると毛布が足りませんね。ザック、あなたは男なんですからそのまま寝てください」
 ザックは焚火に背を向けぼうっと突っ立ていたが、冷たくあしらわれ不満を訴える。
「なんでだよ! お前だって男じゃないか!」
「私は男ではないと何度言えばあなたは覚えるんですか。それにそんな大きな声を出さないで下さい。フレイム様が起きてしまうでしょう」
 ザックはぐっと息を呑み、それから眉を吊り上げた。
「……っ、ちくしょう! なんだお前、やっぱり引っ込め! 影で寝ろ!」
 自分の影を指差し、小さな声でわめいた。しかし闇音はグィンとともにすでに毛布に潜り込んでいる。
「何を一人でわめいてるんですか。早く寝なさい」
 子どものようにたしなめられ、ザックはむっつりと唇の端を下げた。上着を脱ぎ、ぶつぶつ言いながら、闇音との間を少しあけて寝転がる。左から毛布の中のフレイム、グィン、闇音、そして自分の上着を毛布代わりにしたザックの順である。
 グィンが寝息をたて始めると、闇音はザックの方を向いた。案の定、彼はこちらの方を向いている。彼が左向きでないと寝つけないことを闇音は知っていた。
「女性がお望みなら、私は女性の体にでもなれますよ」
 闇音が笑いながらそう言うと、ザックは顔をしかめた。
「やめろ、気色悪い」
 ザックは無性の闇音を男として見ている。彼にとって「どちらでもない」というのはなんだか落ち着かないのだ。
 闇音は綺麗な笑みを浮かべた。
「私だってあなたの行くところなら何処へだってついて行きますよ」
 ザックは照れておかしな顔をした。
「な、何が言いたいんだよ」
「私の心はあなたにしかないと言うことです。私はフレイム様より、何より先にあなたを守ります」
 ザックは黒い睫毛を瞬かせた。
「今日のお前は変だ」
 闇音は普段こんなに喋りはしないし、ザックに対しての忠誠を言葉にすることなどなかった。闇音は変だと言われて驚いたような顔をした。
「……何かあったのか?」
 声を落とし、真摯な面持ちでザックは尋ねた。
 闇音はザックの顔に腕を伸ばした。白く長い指が頬に触れる。ザックは黙って闇音を見た。
 どこにでもあるものではない優美な顔立ちをした、女性が見えた。
「多分……嫉妬してるんです」
 思ってもいなかった言葉にザックは我に返る。
「嫉妬? 誰が? 誰に?」
 闇音は手を引くとふっと笑った。
「影の精は闇が深いほど……、深夜に近づくほど口が滑りやすくなるんですよ」
 ザックの疑問には答えず、それだけ言うと寝返りを打って背を向けた。
 風が吹いてノムの木の大きな葉がいくらか舞った。
 ザックは闇音の後頭部を見つめた。黒い髪が流れるように伸びている。
(嫉妬? ……お前が? でも……誰に?)
 ザックの知る闇音は余り感情を出さず、しかし思慮は深く、決して感情が欠落しているという訳ではない。だが、まさか「嫉妬」というものを感じるようには見えなかった。
(やきもち焼くったって、焼く相手と、焼く原因になる奴が要るんだぞ)
 ここにいるのは、自分とフレイム、グィンだ。
 ザックはどう考えても、上手く結びつけることはかなわなかった。