「さーて、お前の名前もわかったし、もう寝ようかな」
ザックがあくびをしながら言い、フレイムははっと我に返った。
「あ、俺……」
では自分はここを出ていこうと立ち上がった。が、服は全部洗われてしまっているし、自分もこんな格好だった。
「ああ、そうか。お前の寝るところがないな」
ザックは辺りを見まわした。ベッドが一つと、机がワンセットあるだけの安い部屋である。
「仕方ないな。一緒に寝るか」
「え……」
フレイムはきょとんとした。
「お前はそんなにでかくないし。十分寝れるだろ」
ザックの言葉にフレイムは動揺した。グィンの事を除けば、ここ二年、誰かと一緒に眠ったことなどなかった。
「ほら」
ザックがベッドを半分開け、ぽんと叩く。
断わることも出来ず、フレイムはおずおずとザックの横に座った。ベッドのほんの端っこにちょこんと座った少年を見て、ザックがその腰を後ろから両手で掴んで引っ張る。
フレイムは小さな悲鳴を上げてベッドの上に転がった。ザックが上から覗き込んでくる。
「子どもがなに遠慮してるんだ。それともなんだ、お前は寝相が悪いから離れてるのか?」
またおでこを指でつつかれて、フレイムは額を押さえ、恥ずかしそうに起き上がった。
「寝相は……多分悪くないです」
「じゃあいいじゃないか。人の好意は素直に受け取りな」
ザックはそう言うとフレイムの隣に寝転がった。フレイムはしばらく悩んだが、ザックに言われたこともあり、毛布をめくると布団に入った。ふと、ザックが寝返りを打ってこちらを向いた。真摯なその目に思わずたじろぐ。
「俺は寝相はあんまりよくない……らしい。ベッドから落ちるほどではないが……。転がってきたら押し返していいからな」
予想していなかった言葉にフレイムは二の句のつげようがなく、ただこくりとうなずく。ザックはまた寝返りを打ち、向こうを向いた。
(左向きじゃないと眠れないのかな……?)
気になったがしばらくすると青年の寝息がしてきたので、ベッド脇のランプの火を消した。部屋が真っ暗になる。
グィンは向かいの机の上、ハンカチに巻かれて眠っている。
暗い部屋の中で少年は天井を仰ぎ、静かに息をついた。
隣に眠る、人のぬくもりが伝わってくる。
ふと、涙があふれてきた。
長い間忘れていた、人とのふれあい。
この世に存在するすべてを憎み、滅ぼしたいと思った二年前。またこうして誰かと眠ることなどないと思っていた。
ネフェイルは、またいつか自分を愛してくれる人は現れると言ってくれた。
だが、現れるはずがないと思った。現れても自分はきっとその人を愛せないと思った。
その自分が、今、人のやさしさに涙を流している。愛せる人がどこかにいるかもしれない。
一年前グィンと出会い、今日、ザックと闇音に出会った。三人を愛したいと思った。
二年ぶりに神に感謝し、静かに目を閉じた。
もともと眠りの浅い少年は、ザックの寝返りに目を開いた。目を凝らして時計を見ると夜中の三時を過ぎた頃である。
ふと背中に気配を感じて、振り返ろうとした。
「ひわっ」
おかしな悲鳴を上げてフレイムは体を硬くした。
ザックが後ろから抱きついてきたのだ。最初は冗談かと思ったが、青年は相変わらず心地好さそうに寝息をたてている。身をよじって抜けようとしたが、眠っているくせにザックの力は強い。フレイムはあきらめて力を抜いた。
(普通に寝相が悪いほうがまだよかったかも……)
こうなっては、ザックが離してくれるのを待つしかない。
しかし、なんだか親に抱かれて眠る幼い子どもになってしまった気分だった。もしかしたら闇音が見ているかもしれない、そう思うとやはり恥かしく、フレイムはもがいた。
無意識に闇音よりも「彼女」の存在が気になっていた。この世に幽霊というものが存在するなら、「彼女」も見ているだろうか。精霊よりも幽霊のほうが、すべてを見知る者かもしれない。
だが、やはり脱出は無理だった。抵抗をやめてしばらくすると、再び眠気が襲ってくる。
(今日はいっぱい走ったから……)
そう考える意識もろとも夢の中に引きずり込まれる。それはもちろん疲れのせいもあったが、触れる温かさがあまりにも心地好かったからでもあった。