蒼穹へ大地の導き 13

「ナキア・コーラルとタグル・パシフィックだ」
 ザックに二人の若者を紹介されて、フレイムはとりあえず首を傾げてみた。
「……あー……、『なんでここにいるの?』って顔だな。それは」
 少年の様子を見てザックは頭を掻いた。苦虫を噛み潰したような表情で続ける。
「とうとう王室発行の犯罪者リスト最新版が全国土に行き届いたらしい。そしてこいつらは辺境グルゼ島からわざわざ賞金首狩りにおいでになったそうだ」
 おかしな尊敬語で説明して、ザックはため息をついた。タグルが苦笑する。
「俺は大丈夫だって言ったんだけどね。ナキアが聞かなかったんだよ」
 そう言う青年をフレイムはじっと観察した。ザックと同じくらい背の高い、人のよさそうな柔和な顔立ちの青年だ。短い髪はくせっ毛であちこちを向いている。
「だって! 幼なじみが賞金首だなんて言われてじっとなんかしてられないわよ!」
 高く響く声の主をフレイムは次に見やった。
 澄んだ声はよく通るが、別に不快な感じはしない。そして声以上に彼女は美しかった。真っ黒の髪は艶やかで、大きな瞳は表情豊かである。
(闇音さんと似てる……?)
 よく見ればあまり似ていないのだが、長い黒髪と同じく黒い瞳がふいに二人の像を重ねる。
 フレイムは闇音に視線を移した。壁の側に一人で立つ彼女はじっとナキアを見つめている。
「ただの幼なじみがわざわざ国境越えてくるのか……」
 ザックが呟くと、ナキアは彼を睨んだ。
「そーよ、ただの幼なじみだけどね。私は友達思いなの!」
 どこか違和感を覚える会話を耳にして、フレイムはまた三人のほうに向いた。その彼の背後からグィンは小さな声で囁いた。主人だけに聞こえるように。
「『ただの幼なじみ』じゃないよ」
「え?」
 聞き返すとグィンはさらに声を潜めた。
「だって、あのナキアって人ザックにキスしたもん。絶対なんかあるよ、あの二人」
「ええ!?」
 思わず声を上げてしまったフレイムに、四対の視線が向けられる。フレイムはわたわたと口を押さえた。
「あ……いや、なんでもないです」
 脂汗をかきながら、肩をすくめて縮こまる。グィンは明後日のほうを向いて口笛を吹くまねをした。だが、それを怒ろうとするほど、フレイムの脳に余裕はなかった。
(……ザックとナキアさんて……どういう……?)
 混乱する頭を過ぎったのは、コウシュウでのザックの台詞だった。好きな人はいるのかというフレイムの問いに彼は先ほどのような苦い表情でこう答えたのだ。
 ――いないと言えば嘘になる。
(あれは……ナキアさんのことだったのかな?)
 ザックと同じ黒い髪の綺麗な女性。気丈そうな性格はおそらく彼の好みだろう。
「あの、お二人は今夜はどうなされるんですか? ここに……」
 尋ねる闇音にザックが手を振る。
「まさかこれ以上ネフェイルに世話になるわけにはいかないだろう」
 タグルも頷き、ザックとナキア以外に向けて説明をした。
「今夜は街の宿に泊まります。それからあまり家を空けておくわけにもいかないし、三日後にはもうここを発ちます」
「そんなに早く……?」
 思わずフレイムが問い返すと、タグルは相好を崩した。
「ええ。俺達はただ、ザックが元気でいるか確かめたかっただけですから」
 フレイムは藤色の瞳を揺らした。
「あ……、ごめんなさい。俺のせいで……」
 自分を庇ったせいで、ザックは反逆罪を負うこととなった。タグルたちの幼なじみを罪人にしてしまったのだ。
「フレイム君が謝ることはないわよ」
 向けられた声に顔を上げると、ナキアは優しく微笑んだ。
「ザックが自分から庇ったんだし、ザックに賞金首をかけたのはイルタス王よ。ね、フレイム君は何も悪いことはしてないじゃない?」
「そうだよ、だいたいこいつ十億の賞金首を獲ってやるって言って島を出たくせにさ。あろうことか自分が賞金首になってるんだもんな。俺は本当に頭が痛いよ」
 タグルがやれやれと息をつくと、ザックが苦笑して彼を小突いた。
「おい、全部俺が悪いみたいじゃないか」
 そうだよ、とタグルは当たり前のように答える。
「おまえこそフレイム君に謝るべきさ」
 ザックは呆れて首を振った。話にならないな、と表情でフレイムに伝える。
 たまらずフレイムは笑い出した。グィンも笑う。そして全員が笑った。緑の森の中、小さな家に明るい笑い声が響いた。
 笑いながら、フレイムは気が楽になっていることに気づいた。
 ザックに罪を負わせた罪悪感と、ネフェイルに魔術を教わるための条件を突きつけられた落ち込んでいた気持ちが、いつの間にか晴れ渡っていたのだ。それこそ不思議な魔術のように。
 ナキアとタグルのおかげだ。
 フレイムは二人の男女を見上げて柔らかく笑んだ。
「ありがとう、ナキアさん、タグルさん」
 少年の甘い笑みに、礼を言われた二人はくすぐったそうに笑った。
「やだ、大したことじゃないわよ」
 嬉しそうにはにかみながらそう言うナキアは本当に可愛らしい。
 フレイムはザックの好きな人はきっとこの人なんだろうなと、自然と確信した。

「悪いな、初対面から遠慮のない奴らでさ」
 二人が帰って、ザックはフレイムの部屋を訪れていた。疲れたと言っていたグィンはもう眠っている。
「ううん、そんなことないよ。いい人たちだね」
 フレイムは首を振って見せると、ザックは照れくさそうにうつむき、へへへと笑った。
「ああ、いや、フレイムが嫌じゃなかったらいいんだ。そうか、よかった……。俺も正直会えて嬉しかったよ」
 それから彼らと会う予定など明日の話をして、ザックはフレイムの部屋を後にした。
 部屋の電気を消し、フレイムは息をついた。
(俺も……彼らに会えてよかったよ)
 明るくて、優しい人たち。小さな島で皆家族同然で過ごしてきたのだろう。だからナキアやタグルは人懐こくて、会ったばかりのフレイムともすぐに気後れせずに話せる。
 彼らがザックの友達だったのなら、シギルがいなくなったあとも、ザックはそんなに酷い思いはしなかっただろう。きっと彼らがよくしてくれたはずだ。
(……そっか、だからザックは性格が明るいままなんだ)
 ザックとはじめて会った時のことを思い出す。あのときのザックもタグルたちと同じで、初対面の自分によく笑いかけてくれた。
 彼が養父に裏切られても、決して絶望してしまわなかったわけが判った気がした。

 そしてフレイムは、絶望した日のことを夢に見た。

 自室の机に腰掛けて、ネフェイルはじっと一点を見つめていた。宙に浮く赤いガラス玉。淡く光を放っているのは、フレイムが過去の夢を見ている証だ。
「……さあ、試練のときだ」
 呟いて、ネフェイルはガラス玉を静かに掴んだ。