蒼穹へ大地の導き 11

 眩しい太陽と流れる雲をぼんやりと見つめながら歩いていると、甲高い声が耳元で響いた。
「ザック! ぼーっとしてるとすっ転ぶよ!」
 きんきんと響くその声に眉をしかめながらザックは応じる。
「分かってるよ。転びはしないって、大丈夫だよ」
 二人はネフェイルの家を出て、スウェイズの商店街を歩いている。店は露店が多く、カルセの街を彷彿とさせた。違いといえば、カルセの街を過ごしたときよりもだいぶ肌寒いところか。
「本当にー? 心ここにあらずって顔しちゃって。何かあったら僕が闇音に叱られるんだからね!」
「あー、うるさいな。それならなんだって俺を誘ったんだよ」
 肩の上で騒ぐ精霊に半眼で尋ねると、グィンはぐっと手を握り締めた。
「だってー、フレイムはなんか思い詰めてる顔してるんだもん。ネフェイルに出された条件もあるし、邪魔なんか出来ないよ。それに、ザックだって暇そうな顔してたじゃん」
 最後にびしっと指差されて、ザックは嘆息した。グィンのいる方とは反対を向いて呟く。
「暇というか、俺は本を読んでたはずなんだけどな……」
 そう、部屋に置き去りにされた本を読み漁っていたところへ、グィンが街へ出掛けようと誘いに来たのだ。本も気になったが、はじめて来た街を探索したいという気持ちも強かった。
 そして闇音に留守番を頼んで――フレイムはグィンの言うとおり考え込んでいて声をかけることが出来なかったし、ネフェイルは既に出掛けていた――、二人で出掛けてきたのだ。
「あーあ、シヤンに行きたかったのになあ」
 グィンが肩を落としながらごちる。シヤンはスウェイズの隣にあるのだ。街を探索しがてら、シヤンに行く予定だったらしい。しかしフレイムと一緒に行くと決めていたグィンはその機会を逃してしまったのである。
「まあ、いいじゃないか。あいつの暇があるときにまた来ればさ」
「……そうだけどー」
 ザックのフォローなど役に立たないといった様子で、グィンは頬を膨らませる。
 そんなグィンのことはさほど気にせず、ザックは辺りを見回していた。
(宝石とか装身具を売ってる店ってないもんかな)
 店々を眺めながら進んでいると、ふと一人の女性と目が合った。美しい女性で、緑の髪と青い瞳はグィンと同じだ。
(まさか、緑の精……とか?)
 身体のサイズからいえば、その女性は上級精霊ということになる。ザックがじっと見つめると、彼女もまたこちらを凝視してきた。
「サッシャ、どうかしたのか?」
 女性を連れの男が呼ぶ。緑髪の女性が振り返るのと同時に、ザックはその青年を見た。
 長めの銀髪と銀の瞳、そして首に掛けられたロザリオが目に付く。男はすらりと背が高く、年はザックより幾つか上に見えた。
「いいえ、なんでもないのよ」
 女性は笑って答える。しかし、なんでもないと言いながら彼女はザックに向き直った。
「あなた、重いものを負っているのね。支えてくれる仲間はいる?」
「え? あ?」
 いきなり話しかけられて、ザックは目を白黒させた。
 銀髪の青年も驚いた様子で女性を見下ろし、それからザックのほうを見た。さらに目を見開く。
「おまえ……」
 まさか賞金首だとばれたのか。ザックは慌てて手を振った。これ以上彼らと対峙している気にはなれない。
「な、仲間ならいる。だから大丈夫だ!」
 それだけ告げて、さっときびすを返す。ザックは果物屋に目を奪われている精霊を掴んで逃げようと思った。
 が、叶わなかった。グィンにすら手の届かない速さで男に腕を掴まれる。
「逃げなくていい。君は……いや、本当にそれは頼れる仲間なのか?」
 銀の双眸に見つめられて足がすくむ。しかし、それよりもザックは男の言葉にむっとして口を開いた。
「あたりまえだ。大事な仲間だよ! あんたに心配される必要なんてないくらいな!」
 怒鳴られた青年に緑髪の女性が声をかける。
「あなたは下がっててちょうだい」
 咎められた男は一瞬口を開きかけたが、しかし噤んで一歩後ろへ下がった。女性はザックに微笑みかける。
「ごめんなさい。連れが失礼なことを言ったわね。でも、彼は本当にあなたを心配してるだけなのよ」
 訳が分からず、ザックは眉を寄せた。
「どういう意味だ?」
 女性は澄んだ青い瞳でザックを見上げた。
「あなた、封印されているわ」
「封印……?」
 青年が口を挟む。
「それは望んでそうしているのか? それとも知らずに封印されているのか?」
 ますます分からない。闇音がいれば、そう思いながらさらに問いを重ねる。
「……封印てなんだよ?」
「君に施されている封印は、魔力を押さえ込むものだ」
 男の眼光はいたって真摯だ。嘘を言っているようには見えない。
 だが、ザックには覚えのないことだった。
「……俺には元から魔力なんかない。あんたら、目がおかしいんじゃないのか?」
 緑髪の女性は感嘆にも似た息を漏らして、隣の男を見上げた。
「驚いた。まるで昔のあなたそのものだわ」
 肩の力を抜いた女性に反して、男は相変わらずザックを睨むように見つめている。
 本当に何がなんだか分からない。ザックは居心地悪く肩をすくめた。
(なんなんだ。自分達だけ分かった顔をして……)
 厳しい表情をしている青年の肩を、女性が叩く。見下ろした男に彼女は笑いかけた。
「でもね、支えてくれる人がいると言うんだから、大丈夫よ」
 女性の声は優しい。聞きながらザックはどこかほっとする自分に気づいた。彼女は警戒しなくても良い人間だと本能が安堵しているのだ。
 青年が頷くのを見とめて、女性は再びザックに向き直った。
「何も問題はないわ。引き止めてごめんなさい」
「あ、いや……別に」
「そういえば、何かを探しているようだったわね。何を探していたの?」
 侘びの代わりに情報を提供する、そう言外に含めて女性は問う。ザックは決まりが悪そうに頭を掻いた。
「えっと……、なんかアクセサリーを売ってる店とか……そういうのを……」
「ああ、それならこの先を真っ直ぐ行けば青い屋根のお店があるわ」
 女性はそう言って背後を振り返って指差す。
「あ、どうも」
 頭を下げるザックに、女性は笑んで目を閉じた。手を組んでうつむく。
「あなたにシャナラーのご加護がありますように……」
 恭しく告げられてザックが困惑していると、銀髪の青年も声をかけてきた。
「運命は人の目には見えない。見えないものに恐れを抱くのは当然だ。だが、見えないものに従うこともまた不可能だ」
 ザックが黙って聞いていると、男は最後に微笑んだ。
「これから先、困難があっても、それが運命だと諦めるな。道は自分の足で進むものだ」
 その声は力強くザックの胸に響いた。青年の言葉を頭の中で反芻しながら、彼も笑みを返した。
「なんか、いまいち意味が分からないけど……、励ましてくれてるんだよな? ありがとう。頑張るよ」
 分からないと言われて男は一瞬目を見開いたが、すぐに苦笑した。
「ああ、頑張れよ」