初心者マジックアイテムの入門 1

 ※このお話の時間的位置は「金の流れ星」と「一条の銀の光」の間です。


 ――さて、フレイム達は街道を行く旅をする事になったわけだが。現在カルセの街にはガンズやその部下たちがいるのでしばらくは山を伝い、結局のところ次の次の街で街道に出る事になった。
 季節はもう初夏。木々の緑は潤い、空は紺碧、野山でもよく獣を見かける時期である。
「ま、そのぶん、魔物の活動も活発なんだけどな」
 頭上を覆う木々のせいでやや薄暗い山道。一行が草木を掻き分ける以外は、今は彼らの声より小鳥達の声のほうが騒がしい。
「……活発なはずなんだけどな!」
 ザックが声を大きくする。それに驚いたのか、傍の木から小鳥が数羽飛び立った。
「いいじゃないですか。なにも出なくて」
 闇音が一番後ろの主人を振り返る。
「つまらん」
「魔物が出ないから、街道を行きたいって言ったのは誰さ?」
 グィンが呆れた口調で言いながら腕を組む。
「誰だろうな」
 不機嫌、というか不満を含んだ声。
「要するに暇なんですよね、あなたは」
 今度は振り返りもせずに闇音が指摘する。自覚があるのかザックは言い返さない。
「あのさ、面白いかどうかは分からないけど…」
 沈黙を守っていたフレイムが遠慮がちに口を開いた。
「なに?」
 律儀にザックが話を促がしてやる。
 こういうところで彼は「年上」なんだな、とフレイムは思った。話を続ける。
「……魔術の勉強でも、する?」
 草木を分ける音が止み、小鳥の声だけが響いた。
「……皆どうしたの?」
 静まりかえった後方をフレイムが振り返る。
「別に」
 無表情にグィン。
 しかしそれでも顔には「そんな話のどこが暇つぶしになるのさ?」と書いてあるのが分かる。
「……私は構いませんが」
 言いながら闇音はザックを振り返る。
 そのザックはというと、微妙に変な顔をしている。なにか考え込んでいるようだ。三人は彼が口を開くのを待った。
「――魔力ってさ、後天的には得られないのか?」
 やがてそう尋ねてきた。
 それは想像していたよりも生真面目な内容で、フレイムは戸惑った。闇音も目をぱちくりしている。
「欲しいの?」
 特に何の感慨も受けなかったらしいグィンが尋ね返す。ザックは自分の目線やや上空の緑の精を見つめた。
「使えたら便利だろ?」
「そりゃあね。でも……」
 言いかけながら、グィンが闇音とフレイムを見やった。表情は不満の色を浮かべている。
「……結局、魔術の勉強になるんだね」

 誰からともなく、四人は傍の木の下に腰を下ろした。
「ザックてさ、魔術がどんな『形』をしているか想像できる?」
 フレイムがそう尋ねると、ザックは上を仰いだ。
「あー、うーん……。ていうか、形無きモノって感じだけど?」
 フレイムの頭の上でグィンが頷く。
「まあ、半分正解」
「魔力に形はありません。そして、それを形にしたものが魔術です」
 闇音が説明する。
 なにかを説明させたら彼女の方が上手いだろうからと黙っていたフレイムに、闇音が目で促してきた。慌てて続きを話す。
「……うん。魔術一つ一つ全部形が違うんだ」
「ふぅん……。でもさ、やっぱり似た魔術って、その形も似てるんだろ?」
 そばの草をむしりながらザックが首を傾げる。
 フレイムはこっそり息を呑んだ。なかなか優秀な生徒だ。
「うん、そう」
 まず大まかな形は受動、能動で分かれ、それから用途に応じて変わってくる。さらに精霊達の魔術はその種の特徴が顕著に表れてくるのだ。
「形を作るにはイメージが必要になるんだけど、ザックはそれがイメージできる?」
 聞いてみると眉を寄せて難しい顔をする。
「例えば風を吹かせる魔術の形とか」
 しばらく間を置いて待ってみる。
「出来ないでしょ?」
「ああ……」
 出来ていたなら、今この場で風が吹くはずなのだ。もちろん、魔力がない者は論外であるが。
 フレイムは肩をすくめて見せた。
「そういうこと。イメージトレーニングは物心つくかその前頃から始めないといけないんだ。それがなかった人には魔術は使えない」
「そう……なのか」
 がっかりした様子でうなだれる。自分が悪い事をした気分でフレイムは続けた。
「あ、でもね。全然ダメだってわけじゃないんだ」
 その言葉に、ぱっと表情を明るくする青年に闇音が小さく苦笑するのが、眼の端に映る。
(……そう……なんだ。闇音さんて……)
 気付いた事にはあまり驚かず、むしろ再認識した思いでフレイムは胸に留めた。
「道具を使えばいいんだ。マジックアイテム。聞いた事あるだろ?」
「ない」
「え……」
 沈黙が下りる。
「本当に知らないんですか? 賢者の書、とか」
 闇音がおずおずと尋ねる。
 ちなみに「賢者の書」とは市販されている書籍名である。呪文が辞書形式で収められており、それを読み上げるとインクに込められた魔力により、魔術が発動する。
 安価な本で使える魔術のレベルも低いのが、一般家庭では重宝される品物だ。内容が日常生活に用いられる魔術ばかりだからである。
「なんだ、それ。どこかのありがたい教えか?」
「うっそ」
 声を上げたのはグィンだった。
「どこのド田舎から出てきたのさ? ザック」
「そりゃ、グルゼはド田舎だけど」
 不快にも感じずザックは認める。
 フレイムが闇音の方を見ると、彼女もこちらを見ていた。頷きあう。
「予定変更」
 告げてフレイムが立ち上がる。
「え?」
「少し早いですが、この辺で町に下りましょう。本当に運が悪くない限り、ガンズ達とはちあう事もないでしょうし」
 そう言って闇音も立ち上がった。
「なんで?」
 とりあえず立ち上がりながら、ザックが首を傾げる。
「魔術を使えないヤツがマジックアイテムも知らずに、どうやってこの世界を旅するのさ」
 グィンがため息混じりに言う。
「足で」
 しょうもない事を即答するザックは無視し、三人は歩き出した。