天秤

 コーヒー色を醸し、カビ香りそうな雰囲気ながら小洒落て。アンティークの店だ。
 特に用があったわけではないが、その乾燥した店内に足を踏み入れてみる。
 が、すぐに後悔した。私は黒い軍服のままだったのだ。じろじろと店員から客までこちらを見る。だが、ここでこそこそと退却しては「軍人は」と笑われてしまう。やはり悪魔のことで市民に顔向けできないのだ、と。
 店内をうろうろしているうちに、ひとつ、目に留まるものがあった。
 天秤だ。しかも硝子で出来ている。
 透明な上皿に乗っている錘(おもり)も硝子だ。一つ手にとって見るが、到底正確な錘とは言えそうにない。
 飾り物としての天秤。
 私は胸ポケットに手を当て、そしてズボンのポケットに手を入れ財布を引っ張り出した。昨日、ジィルバを食事に誘って断られたので、まだ十分な厚さを保っている。
 私は天秤を買った。

 自宅に帰ってきてテーブルに天秤を置く。殺風景だったテーブルが急にインテリ風に見えるのだから、アンティークとは不思議なものだ。
 天秤は重さを量るものだ。しかし、罪の重さを量れる天秤などあるだろうか?
 私はこの使い物にならない天秤こそ、それを量れるのではないかと思った。
 錘をひとつ摘む。
 この透明な塊が私の罪か。神の使途を殺し、その功績で地位を得た私の。
 ――何を言う。
 天使など、この世には、いらない。
 少なくとも私には必要ない。
 いや、むしろ不愉快だ。
 私は椅子に腰掛けたまま、錘を摘んでいた指を開いた。重力に従い、錘は吸い込まれるように床を目指した。
 そして粉々に――ならなかった。
 正直、驚いた。
 割れなかったことに驚いたのではない。割れると思い込んでいた自分に驚いたのだ。
 しばらくして、笑いがこみ上げてきた。
 なんて馬鹿なんだろう。
 金で買ったもので罪を量ろうとするなんて。
 私はいつからそんな愚か者になったのだろう。

 いつからそんな臆病者になったのだろう。

 私は天秤を片付けてしまおうと考えた。だが、やめた。
 結構高い買い物だったのだ。こんなちょっとのセンチメンタル如きと引き換えにするものではない。
 テーブルが格好よく見えるようになった。
 私はそう自分に言い聞かせて、そして疲れたから、風呂に入ってすぐに布団に入った。
  明日、ジィルバに自慢しよう。綺麗な天秤を買った、と。