一条の銀の光 7

 商店街で、ザックと雪は、闇音とグィンに遭遇した。買い物袋を抱えた闇音が眉を寄せて、主人を見た。
「こんな所で、なに未成年のお嬢さんをナンパしてるんですか、あなたは?」
「ナンパじゃねぇよ、家まで送ってるだけだ」
 ザックは口を尖らせて反論した。
「フレイムは?」
 グィンが口を挟む。ザックは自分の目線に浮いている妖精を見やった。
「セルクと一緒だ」
「え?」
 驚きの声は二人の精霊の口から同時に漏らされた。
「先を急いでるんだ。闇音、その荷物をさっさと宿に置いてこいよ」
 ザックは買い物袋を指差しながら、早口に言った。闇音は慌てて、立ち去ろうとする主人の服を掴む。
「待ってください。それでしたら、私が雪さんを送ります」
 闇音は言葉少ない説明で、素早く状況を判断したらしい。ザックは闇音を見下ろし、短く思案した。
「それがいいかもしれないな」
 そう言いながら、雪を振り返る。
「後はこいつに送ってもらってくれ。一応、信頼できる精霊だ」
 ザックは親指で闇音を示した。闇音がその言葉にうなずいてみせる。
 しかし、雪は彼らの後方に目を奪われていた。
「……剣士……」
 震える声がぽつりと呟く。ザックが素早く振り返り、人ごみを見渡した。まだだいぶ距離はあるが、人々の頭の間に剣柄が見えた。あの位置に見えるということは背負った大剣だろう。
「闇音、行け」
 ザックは低い声でそう告げ、今まさにガンズが歩いて来ている方に向かって、走り出した。
「ザックさん!?」
 悲鳴にも似た声を上げたのは雪だった。闇音がその肩を掴む。
「ガンズはまだこちらには気づいていないようです。見つからずに、彼をやり過ごすことができれば、フレイム様の救出はかなり容易になりますから」
 それから怯えた表情で自分を見上げる女性に、優しい笑みを見せた。
「折角、彼がガンズを私達から遠ざけてくれようと言うんですから、急いであなたの家へ行きましょう」
 雪は美しく整った闇音の顔を見つめた。そして、気持ちでは納得してはいないのだろうが、小さく頷くと、店のほうへ歩き出した。
 闇音は振り返り、ザックが駆けて行った方を見た。すでに人に紛れ、彼の姿は見えない。
(ガンズの目的は、おそらく私達にはない……)
 フレイムが捕まった以上、ガンズが動く必要はない筈。
(ザックの事も放ってくれるといいのだが……)
 闇音は雪の後ろについて歩き出した。
「――しかし、宿が三つあるとはな」
 ガンズは手に地図を持ち、辺りを見回しながらぼやいた。一つ目の宿にザックという人間は泊まっていなかった。
「次の宿は……」
 白い紙片に指を滑らせ、ガンズが二つ目の宿の住所を確かめようとしたその時。
 彼の肩に誰かがぶつかった。ガンズは一瞬よろめいたが、すぐに体勢を立て直した。明らかに自分がよそ見をしていた自覚があったので、ガンズはさして腹も立てず、相手を見ようとはしなかった。それよりも、宿の住所のほうに目を奪われていたのだ。
「わりいな」
 おそらくはぶつかった相手であろう人物の謝罪が耳に触れる。その瞬間、ガンズはものすごい勢いで振り返った。すぐ近くを歩いていた商人がその突然の動きに驚く。
 ガンズの眼の端に、黒い髪が映った。
「ザック!」
 けたたましい叫び声によって、商人だけでなく、周りの者全員が彼に注目した。剣を背負った男は手にしていた紙切れを握りつぶし、さっき歩いてきた道を凝視している。
 その先に、不敵な笑みを浮かべた、若い男が走っていく。
「くっそお!」
 ガンズはじたんだを踏んだ。
「待ちやがれ!」
 叫び終わらないうちに、周りの人間を掻き分けて走り出した。