赤き魔女の封印 1

 マクスウェルは古くより栄えた一族で、特に魔術を得意としていた。遺伝子的なものによるのか、数代に一人は神器の一つ「神臓」を持って生まれる者もいる。
 かつての大戦でも建国のために良く働き、築いた功績は大きかった。王宮での地位も決して低くはない。由緒ある名門の貴族ということだ。
 だが、今となってはマクスウェル家は議会で大きな発言をすることはなくなっていた。静かに役割を果たすばかりとなっている。
 ――事の起こりは二十二年前に遡る。先代国王の妻に気に入られ、寵愛を受けていた公爵令嬢があろうことか一介の剣士と駆け落ちしてしまったのだ。王妃の悲しみは深かかったが、マクスウェル家を責めることはなかった。だが、公爵は負い目を感じ、目立つことを控えるようになったというわけである。
 その公爵が爵位を孫に譲って、今年の秋で三年になろうとしていた。
 駆け落ちした令嬢の甥に当たるその若き当主は、名をアーネスト・マクスウェルといった。美しい金髪と深く澄んだ翠の瞳は、かの令嬢を髣髴とさせると影で囁かれている。
 ゆっくりと沈む夕日を、私室のソファにうなだれて見つめながら、アーネストはぽつりと呟いた。
「……ザック・オーシャン」
 それは近頃、配られてきた賞金首新規リストの中でも最高金額の犯罪者の名である。なんでも重犯罪者の少年を庇ったらしく、反逆罪が適用されたらしい。
 そしてその名はここしばらくのアーネストの悩みの種でもあった。
 アーネストの伯母が消息を経ったとき、彼はまだほんの幼子だった。その当時は何が起こったのかも知らなかったが、成長した今では内容を把握できている。そして彼は、伯母が駆け落ちした相手の名前も掴んでいた。
(……ジル・オーシャン……)
 アーネストはもう今月に入って何度目になるかも分からないため息を零した。

 従弟との感動的な邂逅はありえないようだ。

         *       *       *

 リルコ州にて金鷹と共同任務。その通達がウィルベルトの元に届いたのは、荷物を全部まとめてからのことだった。
 王室直属の魔道師団《金鷹》と剣士団《金獅子》がともに任務に付くことはさほど珍しいことではない。だが、副団長の地位についてからは初めてのことにウィルベルトは書類に目を通しながら頭を掻いた。
 早く帰って来いと言っていた団長の不機嫌そうな文字が並んでいる。もう間もなくのはずだった片腕の帰還が延びるのは心外だったらしい。
 ウィルベルトは共同任務の相手の名を目にして、思い切り顔をしかめた。苦手な相手だ。直接喋ったことはないが、目つきが蛇のようで嫌だと思った覚えがある。
 そして、任務内容を読み、彼は愕然とした。
 手が震える。
 眉を寄せて書類を読んでいた上司の突然の変化を、ディルムは怪訝に思った。
「スフォーツハッド様……?」
 呼びかけるが、返事はない。顔を真っ青にしてウィルベルトは紙片を凝視しているばかりだ。
 不吉に思って、ディルムは立ち上がり、不躾だとは承知しつつも書類を覗き込んだ。そうしてやっと彼は理解した。
 その任務内容はウィルベルトには辛いものだった。

         *       *       *

 飛竜は面白そうな顔つきで窓の外を眺めていた。しなびた山小屋のその窓からはイルタシアの王城ホワイトパレスが見える。
「楽しそうだな」
 部屋の奥の男からそう声をかけられて、飛竜は嬉しそうに振り返った。
「ああ、こんなに楽しいのは久しぶりだ。絡んだ糸がすっかり解けたというのは気分がいい」
 両手を広げてそう答えて、飛竜は日の差し込まない場所で影と同化してしまっている男に笑いかけた。
「年中不景気そうな顔をしているあんたには悪いけどね」
 おどけた口調でそう言われ、男は唇の端をわずかに上げた。飛竜は灰色に重く垂れ込んだ空を見上げる。浮かれている心には暗い空も明るく見えた。
「さて、と。そろそろ行こうかな」
 立ち上がって、衣服を正す。
「ガルバラ……リルコか」
「ああ」
 頷いて、飛竜は床に転移の魔術陣を描いた。そして男を振り返る。
「あんたも楽しいことを探したらどうだい? なあ、ルード」
 男は答えなかった。

         *       *       *

「よっと」
 ザックは器用にフライパンを振って卵とベーコンを裏返した。いいかげん、いつまでも家主にばかり料理をさせていては申し訳が立たないという話になったのだ。横ではフレイムが難しい顔つきでスープをかき混ぜている。
 その顔があまりに真剣なので、ザックは逆に不安になった。
「フレイム、それ大丈夫なんだろうな?」
「うん」
 フレイムは鍋を注視したまま答える。
「ただ、久しぶりだし。それにザックもだけど、ネフェイルもさ料理が上手いからさ。俺、ちょっと自信ないんだ」
 ザックは笑った。
「気にするなよ。この前飲んだお前のスープは十分美味かったぜ」
「そうかな?」
 やっとこちらを見上げた少年に頷いて見せ、ザックはフライパンを返して皿の上に移した。
「そうだよ。――料理ってのはさ、やっぱり作る奴の性格が出るよな。ナキアは大雑把で計量をちゃんとしないからケーキが膨らまない」
 くくくと笑う青年を見上げ、フレイムは眉を下げた。それでも彼はその萎(しぼ)んだケーキを食べてしまうのだろう。そういう男だ。
(食べる人の性格も分かるよ)
 フレイムは心の中でそう呟いて、スープ皿を手に取った。

 クロワッサン、ハムエッグ、スープ、そして各々の選んだ飲み物。軽めの朝食が並ぶ。
 ハムを切り分けながら、ネフェイルが静かに口を開いた。
「フレイム、食事を終えたら、昨日教えた防御魔術に関する問題を出すからな」
「ああ、うん……っえ!?」
 頷いてから、フレイムは目を見開いた。ネフェイルが目線を上げて薄く笑う。
「何だ?」
「あー……なんでもない」
 フレイムは冷や汗まじりにうつむいた。昨日は疲れて、風呂に入ったらそのまま寝てしまったのだ。抜打ちテストのことなど考えもしていなかった。
 横でザックが小さく笑う。
「まあ、頑張れよ」
 ネフェイルに師事して数日、彼がなかなかのスパルタであったことはザックもすでに分かっている。
 フレイムは唇を曲げてザックを見た。
「ザックこそ、いつシヤンの魔法剣士に試合を申し込むのさ?」
 ザックはスプーンを持ったまま、指を立ててみせた。
「今日行く」
 フレイムは目を瞬いた。
「え、本当?」
 ああ、とザックは頷く。
「今日、申し込んで……日は相手に会わせるから……まあ、遅くとも一ヶ月以内には試合できると思ってる」