フレイムは促されるまま、ザックと一緒に眠った。
毛布が一枚で、はじめはザックに譲ると言われたのだが、毛布はザックのものだったので断わった。
譲り合った結果、結局二人で使うことになったのだ。
フレイムは夢を見た。
ザックが種を拾ってきた。煎れば旨く食べられると言えば、闇音にぴしゃりと手を打ち据えられる。
闇音が種を埋めた。四人で待ってみたがいっこうに芽は出なかった。グィンが歌を歌うと、ひょっこり緑の芽が顔を出した。グィンは歌いつづけた。芽はどんどん伸び、天までとどくほど大きくなってしまった。
ザックが「雲の上には金の雌鳥がいて……」という話を確かめようと言った。闇音がまたそんな馬鹿な事はやめなさいと咎める。四人でこの大きな蔓をどうしようかと話し合っている時、蔓がぶるりと揺れた。
上を見上げると、種が降って来る。蔓が実をつけたのだ。大きな種だった。バラバラと降って来る種からみんなで逃げまわる。
一つの種が自分に向かって降ってきた。もうだめだ。フレイムは目を瞑った。
「フレイム!」
フレイムははっと目を開いた。ザックの顔が目の前にあった。
「なんかうなされてたけど……大丈夫か?」
よく見ると、ザックの後ろにグィンと闇音がいた。二人もこちらを心配そうに見ている。
フレイムは額に手をあって、睫毛を伏せる。眠気がまだあった。
「うん、大丈夫だけど……。……なんで植える前は普通の種だったのに、あんなに大きな種がついたのかな……」
ザックは、二人を振り返った。精霊二人はそろって首をかしげる。ザックはまたフレイムの方を向くと、手の甲でぺちぺちと彼の頬を叩いた。
「おい、寝ぼけてるのか?」
少年は重い瞼をもう一度ゆっくり開ける。甘い、極上の笑みを浮かべるとまた睫毛を伏せた。
見ていた三人はみんな頬を桃色に染めた。
「……かわいい奴」
ザックが呟いた。グィンが物珍しげに口を開く。
「こんなフレイムははじめてだよ。よっぽど疲れたのかな」
闇音がザックの方を横目でちらりと見た。
「まあ、夜中眠れなかったみたいですしね」
ザックがぎくりと跳ね、肩越しに振り返る。
「お前、起きてたのか?」
「あれだけ騒げば、誰だって目を覚まします。本当に寝相以上に迷惑をかけるんじゃないかと、私は心配させられましたよ」
ザックは目を細め、こいつは主人を疑うことしかしないのかと思った。
「……俺はそんなことしねえよ」
「どうですか」
闇音が両手を上げると、二人の間にグィンが割って入ってきた。
「ねえ、なんの話? 夜中? 何かあったの?」
声を弾ませる妖精に、ザックはため息をついた。闇音を見やると、彼はこくりとうなずく。フレイムとザックのやり取りにグィンは目を覚まさなかったのだ。
「もういいよ。飯にしようぜ」
ザックは手を振った。鞄を開けて、缶詰を取り出す。グィンが興味津々に覗きこんだ。
「げ、魚じゃん。僕、生臭は嫌い」
「別にお前にやるとは言ってねーよ」
ザックは摘みを握り、缶を開けた。
「でも、フレイムも魚は嫌いだよ。僕、食べてるとこ見たことないもの」
ザックは箸で魚肉を摘みながら言った。
「好き嫌いはよくないな。だからあいつは小さいし、細いんだ」
「まあ、正論ですね」
闇音がうなずきながら続けた。
「ザックはカタリアを食べないから、強くなれないんですよ」
ザックは箸の先をぱちんと鳴らす。
「んなこと関係あるのかよ。ていうかさ、あれ苦いんだぜ。お前は食事しないから分からないだろうけどな。カタリアは子どもが嫌いな野菜三位に入るんだぞ」
カタリアはきつい緑色をした野菜である。非常に苦いが、栄養価は高い。
「ではザックは子どもなんですか」
「苦いものは大人が食べたって苦いんだ」
ザックはむっつりと言うと、缶詰めをきれいにたいらげ、空き缶を鞄にしまった。
「なあ、チビ。今度は何処に行くんだよ?」
グィンは長い髪を大きな櫛でと梳かしながら言った。
「さあ? この山脈に沿ってずっと東に進んでるけど」
闇音が貸してくださいと櫛を受け取り、グィンの髪を梳き始める。
「山伝いに? まじで? じゃあ、ずっと野宿?」
ザックが声を大きくする。グィンは闇音に髪を結ってもらいながら答えた。
「イルタシアからこっちに入ったばかりは、ホント、ずっと野宿だったよ。カルセ近くになって一回宿に泊まって、また野宿。昨日、あんたのいた宿に泊まって二回かな」
ザックはため息をついた。
「よくもまあ……。追われてるからだろうけど。……もしかして、金がないのか?」
「知らない。でもフレイムは倹約家だよ。どけちとも言えるけど」
グィンは三つ編みにしてもらった髪を揺すった。ザックは手をあごにあて、またため息をついた。
フレイムが起きたのはその一時間後だった。寝癖がひどくて、みんなに笑われた。
「仕方ないじゃないですか。俺だって好きでこんな髪をしているわけじゃないです」
「いいえ、綺麗な色ですよ」
闇音が目じりを押さえながらフレイムの頭を抱き寄せ、櫛で梳いた。ザックはその様子をぼうっと眺めていたが、おもむろに口を開いた。
「そうだ。フレイム、敬語使うのやめろよ」
フレイムはきょとんと首をかしげる。
「なんつーか、他人行儀でよくない」
「だって、ザックさん年上なのに……」
ザックは手を振り、やめろと示した。
「『ザックさん』てのもやめてくれ。これからずっと一緒なんだ。ザックでいいよ」
とりあえず、フレイムはうなずく。しかし、彼が普通に喋るようになるまで、このあとしばらくかかる。
「はい、綺麗になりましたよ」
闇音がフレイムの頭を軽く撫でた。
「あ、ありがとうございます」
フレイムは淡く頬を染め、頭を下げた。
「少年、悪いが闇音は女じゃないぞ」
「男でもありませんけどね」
ザックが改まって告げると、闇音が付け足して、櫛を片付ける。
「え……、こんなに綺麗なのに」
フレイムが闇音のほうを見ながら言うと、闇音は振り返って笑った。
「フレイム様だって、『十七歳の男の子』には見えませんよ」
言えてるなとザックは思った。フレイムはいまいち意味がわからない。
(十七歳にしては背が低いってことかな?)
「あ、でもグィンは女の子ですよ。ちゃんと」
フレイムが言うと、ザックが手のひらに乗せていたあごを滑らせる。
「女あ? これが?」
あからさまに声を大きくしたザックの後頭部にグィンが蹴りを入れる。
「どこに目をつけて言ってるのさ。このかわいい、スカートが見えない?」
グィンは太股の半分もない、短いスカートを摘んで見せた。
「妖精てのはどれもこれも似たようなのを着てるじゃないか」
ザックは頭をさすりながら、口を尖らせた。
「失礼な奴!」
グィンは腕を組み、ぷいとそっぽを向いた。
「グィン、三つ編み。可愛いね。自分で結ったの?」
フレイムが笑顔で、自分の後頭部を指差しながらフォローを入れる。グィンはぱっと表情を明るくすると、フレイムのほうを振り返った。
「うん。これね、闇音が結ってくれたの!」
妖精は嬉しそうに三つ編みを揺すった。
「俺のときと随分態度が違うじゃねェか」
ザックは闇音にだけ聞こえるように言った。
「主人に褒められるのが、精霊は一番嬉しいんですよ」
闇音はザックを伏し目がちに見ながら答えた。ザックがまじまじと闇音を見る。
「じゃあ、お前も俺が褒めたら嬉しいか?」
「いいえ」
闇音は冷めた返答をした。
「あなたは女性を褒めることに関しては、口が達者ですからね。あなたが私を賛美する日が来ないことを祈っておきます」
そう言うと、影の精は僧侶がするように手を合わせて頭を下げた。
「なんだ、そりゃ。人をケダモノみたいに」
ザックは視線を空に投げ、呆れたような口調で言った。
「違うんですか?」
「違う」
傍の芝を千切るとぺっと投げた。