金の流れ星 12

 剣は宙を旋回し、重い音を立て地面に突き刺さった。
 ザックは右手首を左手で握り、地面に膝をついた。ぽたぽたと赤い雫が滴り、地面を汚す。
 ガンズの剣に痺れるほど強く、刃を打ち跳ね上げられたのだった。ザックは右肩からもすでに血を流している。
 ガンズはうずくまるザックに歩み寄ると、苦しく見上げた彼の額に剣を突きつけた。
「絶体絶命ってやつだな」
 ザックはただ歯を食いしばって、ガンズを睨みつけた。黒い双眸は諦めることを知らず、険しい光を浮かべている。ガンズは一度剣を引いた。
「お前は強くなる。俺もこの道長いからな。素質のある奴は分かる」
 そしてと付け足し、ザックの胸倉を掴むと易々と持ち上げた。
「……離せ」
 ザックは低く唸るように声を絞った。ガンズは剣を地面に刺し、青年の身体を持ち上げる左腕の力を抜いた。同時に、強烈な右拳をその腹部に見舞う。
 一瞬、ザックの身体は確かに宙を舞った。
 意識が明滅し、目の前が白くちらつく。
 ザックは土埃を上げ、地面を転がった。背を丸め、激痛にうめく。その姿を見下ろし、ガンズは薄い唇の端を吊り上げた。
「そういう奴の将来を踏みにじるのも、俺の趣味の一つだな」
 その声は少し離れた所にいる二人の耳にも届いていた。セルクは、闇音と向き合ったまま笑った。
「いい趣味してるよ」
 呪文を唱えると、向かい合わせた手のひらの間に光が宿る。
「君の主人、殺されはしないだろうけど、再起不能は免れないね」
 そう言いながら光を闇音に向けて放つ。
 闇音は右手を前に出し、短く呪文を唱えた。黒く輝く陣の浮いたその手で光を受け止めると力任せに握り、光をはじけさせた。
 底の見えない漆黒の瞳が、セルクを見据える。
「あはは、怒ったのかい? 顔に似合わず、主人想いだね」
 セルクは指で指し、滑稽なものを見るかのように笑った。
 闇音の周りに風が吹き、彼の髪がざわざわと広がる。風は自然の風ではない、魔力の波動だ。セルクは背にぞくりとしたものが走るのを感じた。
 闇音は長い睫毛を伏せ、うっすらと瞼を開けた。闇の双眸は明らかに怒気を孕んでいる。
「あなたが喋ると虫唾が走る」
 短く吐き捨てた闇音の手に黒い光が宿る。
 ガンズは横たわるザックに再び剣を向けた。ザックは苦しそうに喘ぎ、霞む目を開いた。
「悪いが……俺は死なないし、てめえに道を絶たれもしない」
 掠れた声で告げられた言葉にガンズは怪訝そうに片目を細めた。
「この状況が分からないのか?」
 白く光る刃はザックの目の前にある。切れ切れの呼吸の狭間で、彼は笑った。
「運命の女神は面食いなのさ」
 ガンズは呆れて首を振った。
「救いようのない馬鹿だな。その馬鹿さ加減に免じて、大事な右腕を落とすのは最後にしてやろう」
 右腕を斬られれば二度と剣は握れない。白銀の切っ先が嘲笑っているかのように揺れる。
(もうだめか……)
 ザックはガンズの背後に目をやった。
 金の煌きが空を駆けるのが見えた。
(……流れ星……?)
 助けてくれと願えということか。
 おぼろな思考でそう考え、数瞬後、ザックははっと目を見開いた。
(流れ星!? ばかな! 今夜は曇り空だ!)
 ガンズが剣を振り上げた。その目には狂気にも似た光が宿っている。
「まずは左足だ」
「ザック!」
 闇音が叫んで腕を伸ばそうとした瞬間。
 セルクが金切りの悲鳴を上げた。
「なんだ?」
 ガンズも手を止め、セルクの方を向いた。彼は両手で自分の肩を抱き、震えて地面にうずくまった。
「誰かが……」
 闇音が夢でも見ているかのように呟く。その声には畏怖が感じられる。
「誰かが結界を破る…!」
 周りを包んでいた透明であるはずの結界が光を放つ。結界の向こうは光の膜で覆われて見えなくなった。
 ガンズの背後、ザックの見据える先。
 光の膜は何かに引っ張られるように、内側へ尖った。同時にドーム状の天井がひしゃげる。セルクは弾かれた様に、後方へ体を反らせそのまま倒れた。
 高く、食器同士を打ちつけたような音がこだまする。次に、空圧の変化に似て、耳の奥が痛んだ。光の膜がはじけて、細かな粒となって消える。
 結界は破壊された。
 ザックは信じられず、目を見開いた。
 金に輝く右腕。その光を受け、髪も目も、神々しいばかりに輝いている。
 緑の妖精を連れた、線の細い少年が静かに立っていた。
「フレイム……」
 フレイムはザックを見やり、そしてガンズを見据えた。
 輝くガラス玉の瞳に、ガンズはわずかにあとずさる。
 フレイムはガンズから視線を逸らし歩き出した。闇音が先に駆け寄り、ザックの頭を膝の上にのせた。
「ザック、大丈夫ですか?」
 ザックは苦い顔で、笑った。
「たまらなく痛いが、骨は多分……折れてない……」
 フレイムもそばに膝をついた。その目はわずかに濡れている。
「ごめんなさい」
 ザックは腕を伸ばして、フレイムの頬に指先で触れた。のろのろとしたその動きにフレイムは色の淡い睫毛を震わせた。
「なんでお前が謝るんだ」
 フレイムは目を伏せ、ザックの手に自分の手を重ね、彼の胸の上に置いた。
「フレイム様……」
 闇音がフレイムを見上げる。フレイムは儚い笑みを浮かべた。
「グィン、二人についていて。すぐに“跳ぶ”から」
 グィンはうなずくと、闇音の肩に下りた。
 フレイムは立ち上がり、ガンズのほうを向いた。
「それが、村を一つ焼き払った力か……」
 ガンズは大剣を肩に担ぎながら言った。
「どうやら、イルタシア王室は『ただの罪人』を、捕らえたいわけではないようだな」
 フレイムは何も言わない。ガンズも、見守る周りの者もそれを黙認として受け取った。
「セルクではないが、――興味、わいたぜ」
 ガンズは剣をひゅっと振り、構えた。
 フレイムは睫毛を伏せ、小さくかぶりを振る。
「無意味な争いをしに来たんじゃない」
 低くそう告げ、金に輝く腕を左上から右下へ振り下ろした。光の尾がその動きに沿って、たなびく。
「つっ?」
 ガンズはあごを覆うように手を口元にやった。口をパクパクと喘がす様は金魚のようだ。太い指で喉元を掻きむしる。ザックは異様な光景に目を見張った。
 しばらくそうしたあと、ガンズはぐりんと白目をむくと、おもむろに傾いで倒れた。
 フレイムが握っていた右手のこぶしを開く。蛍のそれのような光がいくつかふわっと浮くと、弾けて消えた。
 息をつき、ザック達の方を向いた。
「山まで移動します。構いませんか?」
 フレイムが尋ねると、闇音はうなずいた。
 フレイムが地面に右手をつくとそこを中心に輝く魔方陣が浮かんだ。陣の最も外側の円が光の壁となり天へ伸びる。空まで伸びた光が消えると、そこには倒れた二人の姿以外、人影はなかった。