金の流れ星 11

 日は沈み、町は夜が支配しつつあった。どの家も灯りがともっている。
 風が強まり、雲が月を隠し、闇が深くなる。
「ああ、どおすっかな。フレイム・ゲヘナを捜すっていう目的もなくなったし」
 ザックはのろのろと街の出口に向かって歩いていた。立ち止まり、空を仰ぐと言った。
「雨、降るかなあ」
 彼の影は前方へ伸び、立ち上がった。
「あれは、まだ雨雲ではありませんよ」
 闇音は変わらず黒い服で無表情だった。
 ザックがまた歩き出そうとした、瞬間。
 上空から、ものすごい力で圧しつけられるような感覚。いや、それとも下から引っ張られているのか。ともかく、自然現象とは言い難い現象が二人を襲った。
「……っんだよ? これは!」
 不可解かつ気分の良くない現象に歯を食いしばり、ザックはたまらず膝をつく。闇音は堪えて立っていたが、背をかがめ、今にも倒れそうである。
「……結界」
 闇音が苦しく呟き、道の脇の建物に目を向ける。その先から金髪の魔術師が現れた。肩の高さまで上げた右の手のひらの上には円の形に並んだ文字が輝いている。
「そう。でも昨日森に張られたのとは格が違うよ。この僕が張ったんだ。僕の許可する者しか入れない。何人足りとも干渉することは許さない。この空間は、カルセにあってカルセではないのさ」
 セルクが右手を握り締めると、魔方陣は消えた。結界が張り終えたのだ。
 気づくとさっきまであった圧力はどこかに消えている。周りの風景は全く変わらなかったが、確かに違和感はあった。外ではなく、内側に。
「セルク……」
 闇音が目を鋭くして言った。
「セルク? お前の知り合いか?」
 ザックが立ちあがり、先程の現象を引き起こしたらしい人物に眉を寄せながら、闇音に問いを投げかける。形のいい眉を歪め、闇音は嫌悪を示した。
「知り合いなどと言うほど仲良くなどありません。彼はガンズの部下です」
「仮の……ね」
 セルクが付け足し、目だけで背後を窺う。
 彼の後ろから、大剣を背負った大男が現れた。
「なんだよ。今日は部下はいないのか?」
 ザックは嫌な奴が現れたと一瞬顔をしかめたが、すぐに薄い笑みを浮かべた。ガンズは身軽くなったとでも言うように両手を上げた。
「ふん、足手まといは置いて来たのさ」
 ザックは闇音のほうに下がった。ガンズもセルクの横で足を止める。
 ザックが腰の長剣を抜き、肩の鞄を投げやった。
「正々堂々、さしで勝負しようって言うのか?」
「俺はお前に昨日の借りを返しに来ただけだ。その女とセルクが戦っても、邪魔にならんならいっこうに構わんさ」
「ガンズ、影の精霊に性別はないんだよ」
 セルクがそう教えると、ガンズは闇音を見た。片目を細めて見たが、彼の目には女性にしか見えない。
「そんなこと、俺の知った事か」
 ガンズはふんと鼻を鳴らした。
「まあ、いいよ。僕は影の精霊とは戦ったことないから、ぜひお相手願いたいね」
 セルクは柔らかい笑みを付けて戦いの申し込みをした。闇音はその笑顔を無視し、主人の方を見た。ザックが目だけでうなずく。
「いいですよ。受けて立ちましょう」
 影の精は他人の結界内という不利な戦いに臆する様子はない。セルクが緑の双眸を細める。
「俺達もさっさと始めようぜ。俺はあのガキを追うので忙しいんでな」
 ガンズが大剣をすらりと抜いた。

 フレイムは街の方を振り返った。魔力の気配を感じる。目を凝らすと、街の出口付近にお椀をひっくり返したような光の膜が見えた。
「結界……?」
 胸の奥がドクンと強く脈打つ。
(まさか……)
 少年のガラス玉の瞳は、結界の中の様子をとらえようとした。山の頂上付近から、街までの距離はかなりある。眼の奥がちりりと熱をもつ。
 フレイムの目はものの数秒で視力を数倍に上げ、透視の力を持って結界の光を見つめる。もちろん、持って生まれた力ではない。彼の魔力によるものだった。
 ――人が四人。
「ザックさん!」
 悲鳴にも似た声を上げる。ザックと闇音、ガンズ、セルクの姿が見て取れた。
「フレイム! 山を下りよう」
 グィンがフレイムの袖を引っ張った。
「あたりまえだよ!」
 千切れそうな声で叫ぶが早いか、フレイムは重力に任せて飛ぶような早さで駆け出した。