金の流れ星 10

 フレイムは、目を開けた。カーテンをとおして、日の光が差しこんでいる。いつもよりその光がまぶしく思えた。
 はっと身を起こす。体はザックから開放されていた。横を見るとザックがまだ気持ちよさそうに眠っている。
 時計は午前十時を指している。いつもは日の出とともに目を覚ますのだが――、フレイムは何度か目をこすってみたが、やはり十時だった。
「おはようございます」
 静かな声がしてフレイムはそちらを向いた。闇音がこちらを向き、机の横で立っている。
「服、乾いていましたから、たたんでリュックに入れましたけど、よろしかったですか?」
「あ、ああ、ありがとうございます」
 向かいの机の上で、ピンク色の実を食べていたグィンがこちらに顔を向ける。
「おはよう。こんなに寝坊するなんて、だいぶ疲れていたんだね」
「うん……おはよう」
 フレイムはのそのそとベッドから出た。
 顔を洗いに洗面台に立つ。水で顔を洗い、タオルで顔をふく。鏡に髪の毛が立った自分を見、側にあった櫛で梳かした。
 ふと気づくと、鏡に闇音が映っていた。フレイムは慌てて振り向く。
「あ、ここ、使うんですか?」
 影の精は静かに首を振ると言った。
「昨晩はザックが失礼を働いたようで、すみませんでした」
 軽く頭を下げられ、フレイムはきょとんとした。頭に夜中の危惧が浮かぶ。
 見られていた。
 頭から血の気がひくのを感じる。ついで、顔を真っ赤にした。
「いっ、いいえ、そんな困ったことじゃ……。それに闇音さんに謝ってもらっても……」
 耳まで赤くしてフレイムは言った。闇音はそのおかしな顔色の変化をしばらく見つめた。
「ではやはり、ザックに謝らせましょう」
 くるりと向きを変えた闇音の黒い服を慌てて掴む。
「いいいっいいです。やめてください!」
 フレイムは頭を下げて懇願した。闇音は彼女の服を握り締めてうつむいている少年を後ろ向きに見下ろした。
「いいんですか?」
「いいんです!」
 闇音はフレイムの手をそっと離した。フレイムは闇音を見上げた。
「フレイム様がいいのなら、よいのです」
 闇音はそのまま戻っていった。フレイムはその後ろ姿が見えなくなると、へなへなと床に座りこんだ。
 当の本人に知られるのは、お互いに恥ずかしいような気がする。手にしていたタオルを握り締め、深く息をついた。
(闇音さんに見られていたなんて……)
「彼女」の事も思い浮かんだ。
 やはり幽霊もいれば見ていただろうか。
(アーシア……。君が見ていたら……やっぱり、からかうんだろうな)
「彼女」の意地悪ながらも、優しい笑みを思い出す。
 しばらくの沈黙のあと、フレイムは床でコツンと頭を打った。

「出ていったあ?」
 ザックはベッドの上で上半身を起こし、素っ頓狂な声を上げた。
「ええ、『泊めてくれてありがとうございました』とお言付けを預かっております」
 ベッドの脇に立つ闇音に抑揚なく告げられ、ザックは頭を抱える。
「なんで、引き止めないんだ。ていうか、なんで俺を起こさないんだよ」
 時計は昼前を指していた。
「フレイム様が起こさなくてよいと……。それにあなたが昨夜、捕獲はしないとおっしゃったので、引き止めませんでした」
 ザックはがっくりと肩を落とした。
「お前って奴はなんて気が利かない男なんだ」
「私は男ではありません」
 闇音が間をおかず答える。
「どうせ、女でもないくせに」
 ザックはむっつりと返した。
「どちらにせよ、フレイム様が望んだことです。それにあなたは押しが強いし、フレイム様は弱いようです。無理に言えば、頼みも聞いてくれるでしょうが、それはあなたの望むものではないでしょう?」
 やわらかい、低めのトーンで諭されザックは視線を逸らした。
「ああ、そうだ」
 カーテンを引き、開けた窓から風が吹き込む。初夏の始まりの温かい風が、ザックの黒い髪を撫でる。わずかに睫毛を伏せ、ぽつりと呟いた。
「でも、最後に話すくらい……」

         *       *       *

 フレイムは山の中腹まで登ってきていた。ちょうど木々がなく、開いたその場からはカルセの街並を見渡すことが出来る。
「少し休もうか。もう、お昼だし」
 グィンを振り返りながら、木陰に足を向ける。グィンは両手を後ろにまわして言った。
「よかったの? 直接お礼言わなくて……」
 フレイムは木の下に腰を下ろし、パンを取り出した。グィンにはまだエルフィンベリーの入っている袋を差し出す。
「うん。俺がいたら、迷惑をかけてしまうよ」
 グィンはベリーを手に持ち、しかし口をつけずにフレイムを見上げた。丸い青い瞳がためらいがちに主人の表情を窺う。
「そんなことは承知の上で、あの人は助けてくれたんじゃないの?」
 フレイムの手が止まる。小さくだが、確かに薄い紫の瞳は揺れた。きゅっと口を結ぶと、ゆっくりと睫毛を伏せ、静かに首を振る。
「これ以上、危険な目には合わせたくない」
「そんなの! あの人はもう、昨日フレイムを助けたときに、あいつらに目をつけられたよ」
 グィンが声を大きくした。優しい黒い双眸が頭をよぎる。フレイムは苦しそうにうつむいた。
 また誰かが自分のせいで命を落とすようなことがあれば、自分はもう正常ではいられない。
「……俺がいないって分かれば、やつらだって手を引くよ」
 そうなることを祈りながら、カルセを見下ろした。