金の流れ星 2

 街の女性は誰もが振り返った。
 すこし伸びた黒髪を尻尾のように紐でくくり、前髪は短く切られている。意志の強そうな眉に切れ長の黒い瞳が涼しげに、しかし、力強く輝いていて、それは稀に見る美青年だった。
 美青年と言っても、軟弱そうな印象はなく、背は高く、好戦的な雰囲気を持っている。
 肩に鞄をさげ、白いシャツを着たその青年は、果物屋の前で立ち止まると、しげしげと品定めを始めた。
 この街はカルセ。大国ガルバラの王都ディルジャの遠く西方に位置する街で、隣国イルタシアとの国境に近く、交易の盛んな街である。北方にデル山脈を仰ぎ、山脈より流れる河が、街を潤している。
 カルセの通りは幅の広い石造り。両端には果物屋をはじめ、異国の商人も交えて、様々な露店が建ち並んでいる。
「おやじ、この果物はなんて言うんだ? 初めて見る。旨いか?」
 青年は赤い縦長の果物を指差しながら店の主人に尋ねた。 
「ああ、そいつはアポーの実だ。すこし酸味がきいているが、俺は好きだね。しかし、あんたアポーを知らないのかい? こいつはこの辺じゃ、よく採れるんだがね」
 エプロンをかけた小太りの店主がアポーの実を手に取りながら答えた。青年は差し出された果実を受け取り、言う。
「俺、イルタシアのグルゼ島から来たんだ。漁民の島でな。こっちに来てから、大陸の動 植物におどかされてばかりだ。これ、味見してみてもいいか?」
「いいとも。旅人さんへのおごりだ」
 年若い青年は好奇心旺盛な瞳で、果物をくるりと回して見たあと、がじっとかじりついた。
「……すっぱい!」
 青年が顔をしかめると、店の主人は声をあげて笑った。
「アポーの洗礼だな。いや、慣れるとその酸っぱさがたまらんのさ。」
 青年は悔しい顔で主人を見返したが、歯を見せてにっとすると、もう一度赤い実にかじりついた。また、同じように顔をしかめる。
「……病みつきになってやろうじゃないか。これともう一つもらってくよ、合わせていくらだい?」
「あっはっはっは。あんた、面白い人だね。それはおごりだと言ったからね、代金は一つ分でいいよ。百フェルだ。」
 主人は、白い紙袋を渡しながら笑った。ポケットから引っ張り出した財布から五十フェル硬貨を二枚出し、青年は紙袋を受け取った。

 カルセの通りにはパン屋もある。
 白木で造られた品台の上には籠の中で、焼きたてのパンたちが上目遣いで客を見ている。フレイムはそんな彼らと睨めっこをしていた。
(この町から次の町までふつうの街道を行けば三日だけど、山の中を進むと……えーと……)
 小さな妖精は自分の三倍はあろうかという丸いパンを両手で持ち上げ、パン籠の前で悩んでいる主人にねだった。
「フレイム、エルフィンベリーが入ったパンがあるよ。僕、この実が大好きなんだ。ねえ、買ってよ」
 フレイムはそのパンが入っていた籠に付いている値札を見やる。
「だめだよ。予算オーバーだ」
「えー、フレイムのどけち」
 グィンは仏頂面でパンを籠に戻した。フレイムがやれやれとため息をつく。
「パンより、実だけのほうが安いだろ。近くに果物屋があったから、そこで買ってあげるよ」
 グィンは蒼い目をきらきらと輝かせると主人の頭に飛びついた。
「だから僕はフレイムが大好きなんだ」
 自分の甘い性格を上手くつかれたようで、フレイムはまた額に手をあて息を吐いた。
 そうしてパンをいくつか買いこむと、そのまま二人は約束どおり果物屋へ足を向けたのだった。
 ふと、行き交う人々が何かを見て、その足を止めていることに気づく。そのほとんどが女性だったが、そんな事には気が付かなかった。ただ、人々が何に見入っているのか気になり、フレイムも足を止めた。
 女性たちが見ていたのは、果物屋で赤い果実を見つめている青年だった。黒い髪をしたその青年は果物屋の主人と笑いながら会話をしている。それが、一体なぜ人を立ち止まらせるのか、フレイムにはいまいちよくわからなかった。
(体つきがしっかりしている。傭兵だろうか、それとも旅人?)
 背の高いその青年をフレイムは目を眇めて見つめた。
「フレイム、早く!」
 声のする方を見ると、小さな妖精はもうお目当ての物を見つけたのか、果物屋の品台の上で手を振っている。
 フレイムは人々の目に触れることをためらいながらも、仕方なく人だかりを抜け、果物屋へ近づいた。人々の視線が自分に向かうのを背筋に感じ、思わず肩をすくめる。
「へい、いらっしゃい」
 店の主人が陽気に声を上げる。背の高い青年も少年に気づき、フレイムを見下ろした。
 フレイムは頭上に視線を感じながら、グィンのほうを見た。彼女は丸いピンクの実を指差している。
「フレイム、パンよりずっと安いよ。いっぱい買ってよ」
 グィンは両手を広げて、果実の入った籠全体を示したが、フレイムはその仕草を見て見ぬ振りをした。代わりに主人の方に声をかける。
「すみません、これ三つ下さい」
「まいど、九十フェルだよ」
 主人はフレイムから代金を受け取ると、紙袋にエルフィンベリーを三つ詰める。その間、フレイムはずっと頭上からの視線を感じ、そのうち気まずくなってうつむいた。それに気づいたグィンがくるりと黒髪の青年のほうを向いた。
「なんだよ、お前! 人のこと、じろじろ見て」
 青年は指摘され、息を呑んだ。フレイムが慌てて、グィンの服を引っ張る。
「グィン、何言ってるんだよ。失礼じゃないか」
「失礼なのは、こいつのほうだよ!」
 グィンは青年を指差しながらわめいた。青年がぽりぽりと頭を掻きながら口を開いた。
「すまん。はじめて見る髪の色だったんで……。つい……、いや、すまなかった」
 耳に触れた低い声はどこか温かみがある。二度も謝罪され、フレイムは恥ずかしそうにまたうつむいた。そこへ店の奥へ釣り銭を取りに行っていた店主が戻ってくる。
「どうしたんだい? 旅人さん、子どもをいじめちゃいけないよ」
 そう言いながら釣りと品物をフレイムに渡す。青年は苦笑した。
「別にいじめたわけではないんだが……」
 フレイムは釣りを財布にしまうと、店に背を向け、早足で歩き出した。
 青年はその後ろ姿へ何か声をかけようとしたが、言葉が浮かばず口を閉じた。しばらく考える様子を見せた後、彼は店主のほうを向くと、エルフィンベリーを指差しながら言った。
「すまん、これも、五つほどもらえないか」