夕食の時間、ザックはフレイムをじっと観察した。
普段と何も変わらない様子で食事を口に運ぶ少年。
――フレイムは自分を信じることが出来ない。それが、欠点だ。
脳裏に先ほどのネフェイルの言葉が浮かぶ。
――魔力の制御にはまず「出来る」という意志が必要である。また何のために魔術を用いるのか明白な理由も要る。使用に疑問を感じれば、魔術は簡単にその形を崩してしまうのだ。
(つまり、自信がなければ魔術は使えない)
特例もあると言ったのは闇音である。操作系の魔術を施された魔術師は自分の意志ではなく、操作されるがままに魔術を使う、ということらしい。
(どちらにせよ……フレイムは村を焼いた罪悪感から自分は正しく魔術を使えないのではないかという不安感を払拭できないでいる……)
フレイムの恋人を殺した男に関する記憶は、やはりネフェイルが消したのだという。記憶があるまま放っておけば、フレイムが負の感情に囚われたままになる恐れがあったからだ。
――だが、これ以上に強い力を得たいというのであれば、過去をすべて呑み込んだ上で、更に先へ進む精神力が必要になるだろう。
(魔術は厄介だ)
スープを飲みながら、ザックは頭の中でそうごちた。つい、自分は魔術師でなくてよかったと思ってしまう。無論、剣士とて剣を振るう以上、それ相応の覚悟がいる。
だが、剣は使わないと思うならば鞘に封じておけばそれでよいのだ。
魔力は鞘がない分、暴走の危険がある。だからこそ、この世界には魔術師免許制度があるのだ。
「なあ、フレイム」
ザックが声をかけると、フレイムは手を止めて顔を上げた。
「さっきさ、空の話をしただろう?」
「うん」
「お前のあの解釈ってさ、空を人間として捉えてるみたいだよな」
ザックの言葉に、フレイムは目を瞬いた。
「隠し事とか……、表と違う側面を持つのって人間だろ?」
「そうだね……」
フレイムはゆっくりと頷き、スプーンから手を離した。目線を上向かせる。
「俺、絶対に変わらないものなんかないと思ってるんだ。その筆頭が人間でさ……」
語ることにためらいがあるのか、口の動きが止まる。ザックは辛抱強く続きを待った。
「難しいね。変わらない何かを見つけるって……」
フレイムは呟いて、小さく笑みを浮かべた。見つけることが出来ない自分への嘲笑だろうか。
ザックはしばらく考えて、それからフレイムを見つめた。
「確かに難しいけど……俺、一つなら分かるぜ」
「え……?」
驚いた顔をする少年に、ザックは人差し指を立てて見せた。
「過去さ。お前が今まで歩んできたその過去は変わらない」
薄紫色の双眸が揺れる。
フレイムは長くその言葉を吟味している様子だった。
やがておもむろに微笑む。自嘲とは違う、満足したようなそんな笑みだ。
「そっか。俺が何をしたかそれは変わらないんだね」
そして、見出したらしい一つの答えを口にする。
「過去は変わらないからこそ、今何をするかはとても大事なことだね」
少年が導き出した答えに、ザックは大きく頷く。
「そうだな」
「ありがとう、ザック」
礼を言って、フレイムはもう一度微笑んだ。ザックが思わず頬を染める。
「いいよ、礼なんか。俺は例えを挙げただけさ。お前ならもっとたくさん見つけられるよ」
そうかな、と首を傾げる少年に、ザックはあたりまえだと答えた。
「お前は俺より若いんだからさ。これからいくらでも考える時間があるんだ。納得いくまで探すといいよ」
* * *
「フレイム、今日は顔色がいいね」
食事を終えて、風呂から上がってくると、グィンがそう言った。テーブルの上からフレイムを見上げている。
「そう?」
自分の頬をつまんで尋ねると、グィンは嬉しそうに笑った。
「うん。なんだか元気が出てきたみたいだね。よかったね」
フレイムは胸の奥がじわりと温かくなるのを感じた。
近頃自分のことばかり気にして、グィンの気持ちを考えていなかったのだ。彼女はずっとこちらのことを心配していたのだろう。
「うん、ありがとう」
フレイムはグィンの頭を撫でてやった。たまらなく嬉しそうな顔をする彼女に、フレイムは心の中でもう一度感謝の言葉を並べた。
(ありがとう、グィン)
そうだ、過ぎた過去に落ち込んでばかりはいられないのだ。
自分は「守っていく」と決めたのだから。
疑心暗鬼に陥ってしまっていた自分を叱咤し、フレイムは唇を引き結ぶと、すっかり暗くなった空を見据えた。
(ザックにはまた助けられちゃったな……)
フレイムはベッドの上で夕食での会話を反芻した。
もっと見つかる。自分でも何か見つけなければならないと思う。彼はちょっとだけヒントをくれた。
(そうだね。何もないんじゃないかなんて疑ってたら見つかるはずもないよね)
何もない事なんてない。例えを挙げてくれたのだ。
(変わらない何かを見つけたい)
そして、今日も見るだろう過去夢の続きを受け入れるべく、フレイムは目を閉じた。
もう覚悟は出来ている。今日はきっとアーシアが死ぬところを見るだろう。
そう、彼女の最期の言葉をもう一度聞くのだ――……。