蒼穹へ大地の導き 4

 動きを止めて、ザックはウィルベルトの顔を見つめた。
「イルタシアの……王室直属、剣士団……?」
「そう」
「……ええっと、なんでここにいるのさ?」
「そりゃあ、無頼者たちが暴れたら止めないとな。それも職務だし。まあ、止める前にザックが全部倒しちゃったけど」
 そしてウィルベルトは笑ってザックの肩を叩く。
「強くなったなあ、ザック。先生は嬉しいぞ」
 フレイムと闇音はちらりと目を合わせた。コソコソと呟く。
「……あの人、俺たちが賞金首だって分かってないのかな?」
「どうも……そのようですね。王室の剣士団といえばエリート剣士の集団……。賞金首のデータはすべて頭に入っていて当たり前のはずなんですが……」
「……ていうかさ、『先生』ってどういうことだろうね?」
 二人の頭の間で、グィンが疑問を口にする。
 闇音は目を閉じてため息をついた。
「……そうですね……」
 呟いて、ザックのほうを向く。
「ザック、そちらの方はどなたですか? 紹介してもらえますか?」
 声をかけられて、やっとザックは闇音たちに気づいたようだった。王室に関わる者だと知って慌てていたところに、紹介を求められて更に混乱したらしい。わたわたと手を振る。
「あ、ああ、えっと、ウィルベルト……」
「ウィルベルト・スフォーツハッド。イルタシア王室の剣士団《金獅子》の団員をやらせてもらってる。そしてザックの剣の師匠、かな」
 言葉に詰まっている青年の手を捕まえて、自己紹介を行うとウィルベルトはフレイムたちに微笑んで見せた。
「剣の先生……」
 呟いた少年に、ウィルベルトは頷く。
「十年も前の話だけどね」
「漂流してたのを拾ったんだ」
 ザックが続けて説明する。フレイムは目を瞬いた。
「ザック!」
「え? だって本当のことじゃん」
 余計なことは言うなと咎めるウィルベルトにザックは首をひねってみせる。ウィルベルトは片手で眉間を押さえた。
「ああ、もう……。そう、船が難破してグルゼ島に流れ着いたのを、ザックが見つけてくれたんだ」
「それは……大変だったんじゃ……」
 慰めるべきか否か言葉を詰まらせる少年に、ウィルベルトは首を振ってみせた。
「もう随分も前のことだから。今更気にすることでもないよ」
 青い双眸は寂しげにも見えたが、浮かべる人の良さそうな笑みにフレイムは何も言えなくなった。わざわざ話をやめようとしているのだから、あまり触れないほうがよいのだろう。
「で、そちらの紹介は?」
 ウィルベルトはザックに目線で少年を示して尋ねる。フレイムはぎくりと体をこわばらせた。
「えっと……」
 さすがのザックも言葉を濁す。闇音は微笑んで、一歩白マントに近づいた。
「私は闇音といいます。彼の精霊です」
 そう言ってザックを示す。ウィルベルトは口笛を吹いた。
「へえ、こりゃまた上級精霊じゃないか。影の精霊、かな。いいのに目をつけてもらったなあ、ザック」
「ああ、うん。まあ、役に立つ奴だよ」
 どこか照れくさそうにザックが答える。闇音は微笑んでいるままで表情を変えない。
(……精霊と分かれば、種族まで分かるのか。単なる馬鹿というわけではない……)
 改めてウィルベルトを見やり、闇音は続けてグィンを指し示した。
「こちらはグィン。緑の精霊です」
「よろしく、オジサン」
「う……、ああ、よろしく、妖精さん」
 オジサン、と言われたのがショックだったのか、ウィルベルトは目線を下げた。ため息をつくと、気を取り直して最後に残った少年を見やる。
「君は?」
 心臓が高鳴る。名前を言えばばれるかもしれない。だが、ザックのことも知らなかった。ばれないかもしれない。
 ちらりと視線を向けると、闇音は神妙に頷いて見せた。
 フレイムは覚悟を決めて声を絞った。
「あの……フレイム……です」
 小さな声だった。聞こえなかったかもしれない。ウィルベルトは目を瞬いている。
「悪いな。人見知りするんだ」
 ザックが苦笑交じりに告げる。彼の顔からも、気づくなと祈っているのが見て取れた。
 やがて、ウィルベルトはフレイムの頭をぽんぽんと叩いた。
「フレイムって、あの超高額賞金首と同じ名前じゃないか。間違えられて迷惑したりするんじゃないのか? 大変だなあ」
 場は、沈黙した。
 闇音ですら言葉を失って固まっている。
 周囲の様子に疑問を覚えたらしいウィルベルトが、「ん?」と首を傾げて教え子を見やる。ザックははっとして笑った。ぎこちない笑みだった。
「あ、あはは、ああ、そうなんだよなー。さっきの奴らもそれで襲ってきたんだよ。いい迷惑だっての、なあ?」
 相づちを求めてザックは闇音を振り向いた。本当は当人であるフレイムに話を向けるつもりだったのだが、少年はいまだ目を白黒させていて、とてもじゃないが嘘を求めることは出来そうになかったのだ。
 闇音はさすがと言うべきか、すでに落ち着きを取り戻しており、主人の声に頷いて見せた。
「ええ、本当に。関所もうまく通れるか……不安ですね」
 ウィルベルトが顔を上げる。
「リルコに入りたいのか?」
 その反応にザックもぴんときたらしい、声を大きくする。
「ああ、出来ればすぐに。会わなきゃいけない人がいるんだ」
「でも、関所の検問はすぐすむぞ? 間違いだってないだろうし」
 公務職らしい発言をするウィルベルトの肩を、ザックはがしっと捕まえた。眉根を寄せて、師匠の顔を覗き込む。
「……金獅子のウィルベルトには言いにくいんだけどさ……」
「……なんだ?」
「俺の旅券がさ、期限切れてるんだよね」
 深刻そうな顔をした教え子の言葉に、ウィルベルトはがっくりと肩を落とした。
「なにやってるんだ、おまえは……」
「な? だから困ってるんだよ。ここでイルタシアの新しい旅券を発行するには十日はかかるだろうし」
 ぺらぺらと嘘を並べるザックにフレイムは呆気にとられた。
 はじめに闇音の手助けがあったとはいえ、中身を考えたのはすべて彼だ。ザックは嘘が得意だ、そう言った闇音の言葉を思い出す。
 ザックは手の平を打ち合わせてウィルベルトに頭を下げた。
「頼む。ウィルベルトなら検問なしでリルコに入れるんだろ?」
「うーん、でもなあ……」
 立場を気にしてか、ウィルベルトが唸る。ザックはきらきらと目を輝かせて続けた。
「先生、頼むよ」
「うう……」
 もう一押しだ。周りの誰もがそう思ったとき、ザックは最後の言葉を発した。ぽつりと。どうでもいいように、しかしウィルベルトの耳に確実に届くように。
「命の恩人」
「……っ……分かったよ!」
 ついに折れた師の声を聞いて、ザックは満足げな笑みでフレイムたちを振り返った。